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出典検索?: "題名のない音楽会"
題名のない音楽会
Untitled Concert
ジャンル音楽番組
(クラシック音楽)
企画出光興産
監督関尚弘(舞台監督)
演出鬼久保美帆(P兼務)
監修飯尾洋一
(音楽アドバイザー)
出演者石丸幹二
武内絵美
(テレビ朝日アナウンサー) ほか
オープニングバレエ音楽「屋根の上の牡牛」(作曲・ミヨー)
エンディング同上
製作
プロデューサー福田真砂美
小田隆一郎(GP)
制作日本科学技術振興財団テレビ事業本部(東京12チャンネル)→テレビ朝日
放送
映像形式文字多重放送[1]
音声形式ステレオ放送
[注 1]
放送国・地域 日本
回数2800
公式サイト
ゴールデン・ポップス・コンサート
題名のない音楽会
放送期間1964年8月 - 1966年3月
放送時間土曜 20:30 - 21:00
放送分30分
題名のない音楽会
放送期間1966年4月 - 1968年9月(第1期)
1969年7月 - 1997年9月(第2期)
2008年4月 -
(第3期)
放送時間放送日時の推移を参照
放送分30分
新・題名のない音楽会
放送期間1997年10月 - 2000年3月
放送時間日曜 9:00 - 9:30
放送分30分
題名のない音楽会21
放送期間2000年4月 - 2008年3月
放送時間同上
放送分同上分
特記事項:
* 1964年8月から1966年3月までは、日本科学技術振興財団テレビ事業本部(東京12チャンネル、現在テレビ東京)で放送。
1966年4月よりテレビ朝日で放送中。ただし、1968年10月から1969年6月までは放送を休止。
放送回数は2023年2月25日時点。
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『題名のない音楽会』(だいめいのないおんがくかい、英字表記:Untitled Concert)は、1964年8月から放送されているクラシック系音楽番組。
放送開始当初から1966年3月までは、日本科学技術振興財団テレビ事業本部(東京12チャンネル、現在テレビ東京)が制作。その後1966年4月より日本教育テレビ(NETテレビ)→テレビ朝日の制作に移行し、一時の放送休止期間をはさみつつ2024年現在も放送中である。 クラシック音楽を中心にさまざまな分野の音楽を取り上げ、そのテーマとなる音楽の楽しみ方を解説することが番組の中心となる。 東京交響楽団やシエナ・ウインド・オーケストラなどをはじめとするオーケストラや吹奏楽編成による演奏が行われるのが特徴。主に公開録画で収録され、応募により観覧が可能。ただし、単独楽器と、その演奏のみ取り上げたり、スタジオでの非公開録画の場合もある。 スポンサーは前身の『ゴールデン・ポップス・コンサート』時代から一貫して、石油会社「出光興産」による一社提供であり[注 2]、2020年8月以降は「(アポロマーク)idemitsu」の表示となった[注 3]。 番組の本編中にコマーシャルは一切入らない。これは協賛社・出光興産創業者の出光佐三が「芸術には中断はない」と考えていることからである。このためCMが流れるのは番組冒頭とエンディングのみである。1985年夏頃から2017年春頃までのそのうちの1本は出光美術館で開催されている催しのお知らせで、これは関東地区およびBS朝日で放送していた(それ以外の地域は出光興産の企業CMに差し替え)。かつて分館が大阪と福岡にあった頃は、朝日放送と九州朝日放送では分館の催しのお知らせに差し替えて放送されていた。 また出光興産は、本番組が放送開始25周年を迎えた1990年に、若手音楽家の育成を主眼とした出光音楽賞(いでみつおんがくしょう)を制定している。 英語タイトルの"Untitled Concert"(アンタイトルド・コンサート)は、かつては番組のタイトルとして直接出てくることはなかったが、『題名のない音楽会21』では舞台の装飾などでその文字が認められることがあった。その後、2008年4月にタイトルロゴが変更された際、そのサブタイトルとして挿入されている(→歴史を参照)。 クラシック番組としては世界最長寿である(後述)と同時に、現在テレビ朝日全体でも最長寿の番組である[注 4]。また、同社で最初にステレオ放送を実施した番組でもある(1978年12月24日 - )なお、2004年4月4日から2016年3月27日までは、5.1chサラウンド放送であった。一方、字幕放送の実施については2020年4月4日放送分からとなった。 1964年8月1日、当時の東京放送(現:TBSホールディングス)との専属契約を打ち切られて苦境に陥っていた東京交響楽団の活動の場を与える意味で、土曜20:30 - 21:00に日本科学技術振興財団テレビ事業本部(以下東京12チャンネル、現:テレビ東京)の制作で『ゴールデン・ポップス・コンサート 題名のない音楽会』として始まった。当初の司会は作曲家の黛敏郎で、日頃余り聞きなれないクラシック音楽を家族で楽しんでもらえるようにとの趣旨でスタートした。東京12チャンネルの開局から4か月後のことだった[2]。第1回のゲストは歌手の松尾和子[2]。 この『題名のない音楽会』というネーミングは、黛が考案した『題名のないコンサート』という題名を放送作家が改題したもので、これに東京12チャンネルの編成課長・ばばこういちが「どうしても題名に『ゴールデン』という文字を入れて欲しい」と要求し上記の題名に落ち着いた[3]。黛敏郎は著書『題名のない音楽会』(1977年、角川文庫)で、番組タイトルについてみなアイデアが浮かばなくなり、半ば投げやりな調子で言ったものが採用されたと明かしている[2]。 番組開始に先立ち、スポンサードを行うかどうかの判断材料にするために出光興産の社内でパイロット版を放送し社員にアンケートを取ったが、賛成はわずか17%ほどに過ぎなかったという[4]。
概要
歴史
番組誕生の経緯?黛担当時代