非自発的失業
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w:名目賃金水準、N:雇用水準、D:労働需要曲線、S:労働供給曲線。労働需要曲線と労働供給曲線の交点 Ef は完全雇用点と呼ばれ、この図で示される経済の長期均衡水準である。現在の賃金水準 w1 で働くことを望む人たちは長期均衡水準の Nf だけ存在するが、労働需要が(短期的に)不足しているために現在の賃金水準 w1 で働くことのできる人は N1 しか存在しない。そのため、長期均衡水準との差 Nf - N1 は現行の賃金水準で働くことを望んでいるにもかかわらず失業状態にある。この失業を非自発的失業という。このとき、拡張的財政政策などの有効需要の拡大によって、労働需要曲線を D2 まで右にシフトさせることで非自発的失業を解消することができる。

非自発的失業(ひじはつてきしつぎょう、: Involuntary unemployment)とは、人々が現行の賃金水準で働くことを望んでいるにもかかわらずに、就業の機会を得られず、失業状態にある状態を指す。非自発的失業は留保賃金(英語版)が現行の賃金水準よりも高いために自ら働かないことを選択する自発的失業とは区別される。
非自発的失業の発見とケインズ以前・以後について
ケインズ以前の考え方新古典派の失業理論。wr は実質賃金水準、N は雇用水準。仮に労働市場に超過需要や超過供給が生じていても常に伸縮的に変化する賃金水準によって調整され、完全雇用 Nf が達成される。「古典派の二分法」も参照

非自発的失業はジョン・メイナード・ケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論』において提唱された概念である[1]。ケインズの発見以前は、新古典派経済学による「自発的失業」と「摩擦的失業」以外は存在しないという見方が主流であった[2]。なお、自発的失業とは現行の賃金水準では低いと考え、現行の賃金水準で働くことを拒否することによる失業であり、摩擦的失業は情報の非対称性などにより、労働市場の需要と供給が調整される過程で生じる失業である。これは、「市場における賃金(価格)が十分に伸縮的であれば」、失業(超過供給)が発生したとしても現行の賃金水準が相応の水準まで下がるはずであるから、この市場の価格調整により自動的に失業が解消され、常に完全雇用が達成されると新古典派が考えたためである(セイの法則)。また、古典派の公準という考え方が背景にあった[2]。しかし、この見方に疑問が呈されるのが1929年に始まる世界恐慌である。世界的な恐慌により世界中で失業者が溢れかえったが、これらの失業者の存在を新古典派経済学は説明することができなかった[2]。世界恐慌期の大量の失業は、労働者が賃金の引き下げ反対や賃上げの交渉をするなどした結果として、市場の価格調整機能がうまく機能しなくなり、企業の労働需要量が増大せず、大量の失業が生まれているというのが新古典派経済学の説明であった[2]。この新古典派経済学の考え方からすれば、世界恐慌期の大量の失業は労働者が自発的に失業を選択した結果ということになる。
ケインズによる非自発的失業ケインズの失業理論。w は名目賃金水準。N は雇用水準。名目賃金の下方硬直性により短期的に名目賃金水準は w1 で固定され、変化しない。このとき現行の賃金水準で働くことを望んでいるにもかかわらず失業状態にある非自発的失業 Nf - N1 が存在する。

これに対して、世界恐慌期の失業者を説明するものとしてケインズが提唱したのが「非自発的失業」である。ケインズは1936年の『雇用・利子および貨幣の一般理論』において有効需要という概念を定義し、さらに非自発的失業という存在を定義した[3]。ケインズは世界恐慌期の失業者の存在をこの有効需要から説明した。このとき、ケインズは古典派の公準のうち、第二公準を否定した[4]。新古典派の考えでは、労働者が反応するのは実質賃金水準であったが、これに対してケインズは労働者が反応するのは実質賃金水準ではなく名目賃金水準であるとした。これは労働者は名目賃金の引き下げには抵抗するが、物価上昇による実質賃金の引き下げには抵抗しない(貨幣錯覚)ためである。第二公準では労働者と企業との間の賃金契約が実質賃金水準によって決まると仮定しているが、実質賃金水準は名目賃金水準と物価水準の双方から成り立つ。労働者と企業とが決定し得るのはこのうち名目賃金水準のみであり、物価水準は他の経済要因に依存するため、実際の雇用に際しては実質賃金率を決定できない。それにもかかわらず、第二公準は実質賃金の決定を前提としている[5]。現実では企業と労働者は名目賃金の契約を結んでいる。名目賃金水準は、新古典派経済学のいうような伸縮性を(短期的には)持っておらず、硬直的である。例えば、労働需要が少ないからといって、すぐさま名目賃金の切り下げが行われるわけではない。仮に労働需要が不足していても、現実には例えば労働組合の抵抗があったり、法律的に最低賃金の切り下げが難しかったりするなど名目賃金の切り下げには時間がかかることが多い。これを(名目)賃金の下方硬直性という(なお賃金(価格)が硬直的な市場では価格調整ではなく数量調整が行われる)。

ケインズによれば、労働市場は完全雇用点において労働の供給量は実質賃金率の関数となり、非自発的失業が存在しない状態だとされる[6]。短期・長期という観点でも、完全雇用に達する以前は労働供給量は名目賃金率の関数であり、完全雇用に達した後に労働供給量は実質賃金率の関数となる[7]ため、新古典派の理論は長期的にしか成立しない。短期的にはケインズ的な考え方が重要となる。

上記のように、ケインズは失業を減らす機能を労働市場には認めず、労働市場が価格調整を通じて自動的に失業を減らすという新古典派の説明を採用しなかった。かわりに、ケインズは有効需要論によって失業の説明を行った。
有効需要の理論

有効需要論において、世界恐慌期に発生した大量の失業者は有効需要の不足による非自発的失業であるとした。有効需要とは、ケインズ自身によれば総需要曲線と総供給曲線の交点における需要である[8]。この交点において需要は「有効な」需要になるのであり[8](つまり購買力の裏付けがある需要になるのであり)、世界恐慌期の大量の失業者の問題もこの有効需要によって説明される。

有効需要の理論では労働市場ではなく、消費と投資からなる需要の大きさが雇用量を決定する[9]。国民所得をY、消費をC、投資をIとし、需要分の国民所得が生まれるなら Y = C + I {\displaystyle Y=C+I}


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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