非大気依存推進
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燃料電池の概念図。

非大気依存推進(ひたいきいぞんすいしん、: Air-Independent Propulsion, AIP)は、内燃機関ディーゼル機関)の作動に必要な大気中の酸素を取り込むために浮上もしくはシュノーケル航走をせずに潜水艦を潜航させることを可能にする技術の総称。ただし、通常は原子力潜水艦で利用される核動力を含まず、非核動力艦のディーゼル・エレクトリック機関を補助・補完する技術を指す。
概要

AIPは通常、補助動力として用いられる。多くのAIPシステムは、電動推進器を駆動したり、潜水艦の蓄電池を充電するための発電を行う。潜水艦の電気系はいわゆる「ホテル・サーヴィス」(hotel services、すなわち換気・空気浄化・照明・空調など艦内居住環境の維持)のためにも用いられるが、推進に用いられるものに比べればわずかな量である。

AIP機関は、既存の潜水艦であっても充分なサイズさえあれば、船殻に追加の区画を挿入することによって、能力向上策として導入することができる。AIPは通常、大気依存型推進を代替するほどの航続力や出力をもたない。しかし、在来型の潜水艦よりも長期にわたる連続潜航を可能にする。とはいえ、典型的な在来型の動力機関は、最大で3MWの出力を持ち、核動力であれば20MWを超えるものすらあるが、AIPではよくてもその10分の1程度、通常は数百kW程度の出力にとどまる。
歴史

古くは1867年にスペインのナルシス・ムントリオル亜鉛二酸化マンガン塩素酸カリウムの化合熱でレシプロ式蒸気機関を動かし、潜水艇イクティネオIIをテスト航行させることに成功している。また、帝政ロシアでは先進的なAIP式潜水艦の研究が行われていたが、第一次大戦と革命の混乱の中で研究は途絶してしまった。

第二次世界大戦中、ドイツヘルムート・ヴァルター博士の指導下で、潜航中の潜水艦の酸素源として過酸化水素を用いる研究を行っていた。ここから転じて、過酸化水素から得られる酸素によって内燃機関を作動させ、潜水艦の水中動力とするアイディアが案出された。これは後に開発者の名にちなんでヴァルター機関と呼ばれるようになる、AIPのはしりというべきものであった。ヴァルター機関は、過酸化水素を過マンガン酸カリウム触媒で分解して得られた酸素を含む水蒸気によってディーゼル燃料を燃焼させて加熱した蒸気を用いる閉サイクル蒸気タービン機関である。

ヴァルター機関を用いた潜水艦も数隻ながら建造された。その中の1隻、XVIIB型U1407は、戦後になってからサルベージされ、イギリス海軍HMS メテオライトとして再就役した。イギリス海軍は、潜水艦の水中での動力源として、核動力機関ではなくヴァルター機関の開発に注力し、1950年代後半に2隻のエクスプローラー級潜水艦を新規建造した。同じくXVIIB型を接収したアメリカ海軍も、ヴァルター機関を搭載した実験的な潜水艇X-1(英語版)を建造した[注 1]

イギリスと同様、旧ソ連海軍もAIPに関心を抱き、液体酸素による閉サイクル・ディーゼル方式を用いた沿岸哨戒用の小型潜水艦615型(Project 615、NATOコードネームケベック級)を就役させた。その後、ドイツから接収したXXVI計画の資料を元にヴァルター機関を搭載したS-99(617号計画)を建造、就役させたが酸化剤である過酸化水素に起因する事故を起こした。

しかしながら、いずれの海軍においても、この時期のAIP開発はそれ以上の発展や採用を見ることはなかった。ヴァルター機関の燃料である過酸化水素は腐食性があることに加え、爆発性の物質であるために、しばしば事故に悩まされた。また、液体酸素を採用したソ連海軍でもやはり爆発や火災などの事故にたびたび見舞われた。アメリカ海軍が潜水艦への搭載が可能な小型原子炉の実用化に成功すると、イギリス、ソ連いずれの海軍も同じ道を選択し、AIP機関の開発を断念した[注 2]

しかし、原子力潜水艦を実現するための諸々の障壁は低いものではなく、政治・軍事・地理等々の制約から原子力潜水艦が不適な国々が存在する[注 3]。そうした国々では、通常型潜水艦の更なる能力向上策として一定の要求があったことから、いくつかの国々では研究が続けられ、1980年代前半頃から徐々に実用性のある方式が実現されるようになってきた。逆に原子力潜水艦の登場により超大国では概ね通常動力艦の新規導入が無くなったため、建造はもとよりAIPの研究もそれらの国では停滞している。
AIPの諸類型

以下に、上述のヴァルター機関以外のAIP方式で、技術的可能性が検討された、もしくは実用化段階に達したAIPの類型を示す。どの方式であれ、一長一短があり、運用国の運用構想と要求によって適否が存するため、一義に優劣を定めることはできない。
閉サイクル・ディーゼル

閉サイクル・ディーゼル (CCDE: Closed Cycle Diesel Engines)(全てを音訳しクローズド・サイクル・ディーゼルと呼ばれる場合もある)は、水上航走時には在来方式と同様に大気中の酸素を吸入し、潜航時には酸化剤(通常は液体酸素を用いる)から供給される酸素でディーゼル・エンジンを駆動させる方式である。純粋酸素による燃焼でエンジンが焼灼されることによる過度の消耗を防ぐため、吸気の酸素分圧を意図的に低減させる工夫が必要であり、吸気に何らかの不活性ガスを混入させて自然大気と同等の分圧とする必要がある。また、内燃機関であるため、作動時の振動、騒音により、ソナーにより捕捉され易いという短所もある。

この方式の場合、排気ガスはそのほとんどが不活性ガス、二酸化炭素水蒸気から構成される高温の気体である。これを冷却して水蒸気を凝縮させた後、二酸化炭素を海水など艦外から取り入れた水に溶かし込むことにより、排気ガスのうち艦外に排出しなければならない成分のほぼ全量を液体化する事ができる。なお、不活性ガスは回収して再利用に回される。大量の排気ガスを気体として海中に排出する必要がないので、気泡の発生により存在を探知される心配がなく、艦の気密・水密の確保も容易となる。

2006年現在、この方式の開発を進めているのはドイツのノルトゼーヴェルケ社とオランダのロッテルダムドライドック(オランダ語版)社である。このうち前者は、イギリスのカートン深海システムズ社 (Carton deep sea systems) の特許を用いている。この方式では、潜航中の閉サイクル動作はアルゴンを混入して開始させ、作動開始後には二酸化炭素を除去した排気を吸気に混合することで酸素分圧を調整している。いずれにせよ、除去した二酸化炭素を海水中に溶解させて排出しているため、厳密な意味での閉サイクル動作ではない。

TNSW社は1987年から1989年にかけて出力150kWのプラントによる陸上試験を実施し、さらに1993年には250kWのエンジンを205型潜水艦 U-1に搭載して潜航試験を実施、バルト海において速力5ktで1,800海里(約9 km/hで3,334 km)の成果を得ている。

なお、上述したソ連海軍の615型潜水艦が用いていたのは本質的にはこの方式である。615型は1953年から1962年までの間に31隻が就役している。615型には3基のディーゼルエンジンが搭載されており、2基は在来型の外気吸入で、残る1基は閉サイクル動作でそれぞれ作動した。しかし、酸化剤として液体酸素を用いる設計は極めて安全性に乏しく、M-256が酸化剤の爆発とそれに伴う火災により失われているほか、沈没に至らないにせよ多くの事故を経験し、1970年代はじめまでに全艦が除籍・解体されている。

日本でも1950年代中盤より非大気依存推進システムの開発の一環として技術研究本部川崎重工液体酸素を用いた閉サイクル・ディーゼルの研究を行っていたが、当時の技術水準では現在のようなコンピュータを使用した電子制御が困難で経費と期間を要することから研究は中止された。その後、自律型無人潜水機の動力として1990年代に開発され、R-oneに搭載された[1][2]
閉サイクル蒸気タービン

閉サイクル蒸気タービン (Closed cycle steam turbines) とは、液体酸素を酸素供給源として燃料を燃焼させた熱を利用する蒸気タービン機関である。現存の諸方式のうち、ヴァルター機関の原理にもっとも近いのがこの方式である。

フランスDCNS社が開発したMESMA(水中自律エネルギー・モジュール(ポーランド語版)、Module d'Energie Sous-Marine Autonome)がその実用例である。MESMAでは、液体酸素を気化して得られた酸素とエタノールの混合気体を燃焼させて得た700の燃焼ガスを用いて、蒸気発生装置で500℃の水蒸気を発生させ、この水蒸気で蒸気タービンを駆動して発電を行う。

DCNS社は1988年に出力400kWの実験プラントを製作し、試験を実施した。その結果を受けて、1996年からはプロトタイプの開発が認可され、1998年には実用段階に到達したことが確認されている。


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