株式会社静岡伊勢丹
静岡伊勢丹(2019年10月)
種類株式会社
本社所在地 日本
〒420-0031
静岡市葵区呉服町一丁目7番地[1]
.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯34度58分29.6秒 東経138度22分52秒 / 北緯34.974889度 東経138.38111度 / 34.974889; 138.38111座標: 北緯34度58分29.6秒 東経138度22分52秒 / 北緯34.974889度 東経138.38111度 / 34.974889; 138.38111
設立1948年(昭和23年)6月10日[1]
業種小売業
法人番号6080001002627
事業内容百貨店業[1]
代表者嶋田 正男
資本金300万円[1]
↓
16億円[1]
↓
1億円
売上高16,163百万円(2023年3月期)
営業利益42百万円(2023年3月期)
純利益71百万円(2023年3月期)
決算期3月
主要株主(株)三越伊勢丹HD 100%
(2010年10月1日時点)
外部リンクwww.isetan.mistore.jp/shizuoka.html
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株式会社静岡伊勢丹(しずおかいせたん)は、静岡市葵区呉服町一丁目に位置する、三越伊勢丹ホールディングス(三越伊勢丹HD)傘下の百貨店運営企業である。 1871年(明治4年)9月に呉服店の田中屋として創業し、1948年(昭和23年)6月に(株)田中屋に改組する。1971年(昭和46年)11月に伊勢丹と業務提携し、「田中屋伊勢丹」「静岡伊勢丹」を経て2005年に伊勢丹の完全子会社、2009年に三越伊勢丹ホールディングスの完全子会社となり現在に至る。売場面積は22,968平方メートル (m2) で、2012年度以来7年連続で増益を継続している[2]。
概要
沿革
1871年(明治4年)9月 - 人宿町に足袋製造販売田中屋を創業する。
1873年(明治6年) - 旧呉服町二丁目へ移転する。
1931年(昭和6年)12月8日 - 田中屋百貨店を、洋風4階、述床面積1,000坪で開業する。
1932年(昭和7年)12月2日 - 田中屋百貨店仕入部階上の店員宿舎から出火し、宿舎及び本館と近隣4店舗が全焼[3]する。
1933年(昭和8年)12月 - 再建して営業を再開する。
1940年(昭和15年)1月15日 - 静岡大火で焼失するも、のちに再建する。
1945年(昭和20年) - 静岡空襲で焼失するも、のちに再建する。
1948年(昭和23年)6月10日 - 資本金300万円で株式会社田中屋に改組[1]する。
1962年(昭和37年)5月 - 十一店会(後のADO)に加盟[4]する。
1965年(昭和40年)9月 - 富士市に富士店を開設する。(現コリドー・フジ)
1971年(昭和46年)9月11日 伊勢丹と商品提携を強化し、新装開業する。伊勢丹から社員が派遣[4]された。
1971年(昭和46年)11月28日 - 伊勢丹と業務提携[4]する。
1971年(昭和46年)12月 - 資本金を6000万円から1億円に増資[4]する。
1972年(昭和47年)3月1日 - 伊勢丹と資本提携して株式会社田中屋伊勢丹に社名を変更[1]する。新装開業して包装紙と紙袋を伊勢丹と同じデザイン[4]に変更する。
1975年(昭和50年) - 伊勢丹から招いた山中の指示で再建に取り組み、9,000m2で松坂屋静岡店や西武静岡店に比して半分以下の売り場面積を増床するため、隣接地を買収した。
1975年12月13日 - 旧店舗の隣接地に平屋建て約1500uの仮設店舗「オレンジシティ」を開業し、おもに婦人衣料[4]を扱った。
1977年(昭和52年)10月2日 - 売場面積22968u[4]で、現店舗を開業[5]する。