青森県選挙区
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青森県選挙区

定数2人(改選数・1人)
2018年10月25日現在
選出議員
2025年改選滝沢求
選出議員
2028年改選田名部匡代
有権者数1,054,074人
一票の格差・1.677 倍(福井との比較)
(総務省・2023年9月1日現在)
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青森県選挙区(あおもりけんせんきょく)は、日本参議院議員通常選挙における選挙区である。青森県全域を区域とし、第21回参議院議員通常選挙現在の定数は2(改選1)である。いわゆる参議院一人区の一つ。
歴史

第1回から現在に至るまで一貫して定数2(改選1)であり、定数是正の対象になったことはない。

保守王国の一つであり、緑風会所属の元参議院議長佐藤尚武を除けば、1980年代末まで一貫して自民党およびその前身政党の候補者が当選を重ねていたほか、津軽選挙八戸戦争の舞台ともなった。

しかし1989年第15回参院選革新系無所属三上隆雄が自民党から議席を奪うと、1993年6月には前年の第16回参院選で自民党の公認を得て当選した松尾官平新生党結成に参加し、自民党所属の選出議員がいない状態となった。その後も第17回参院選第18回参院選非自民候補が当選したが、2000年に第17回選出の山崎力が自民党に移籍したことで自民党の議席が復活した。

岩手県出身の小沢一郎の影響力が高まった第20回参院選第21回参院選では民主党が連勝したため、再び自民党所属の選出議員がいない状態に戻っていたが、民主党政権下で行われた第22回参院選では自民党から出馬した山崎力が返り咲きを果たした。次の第23回参院選でも自民党から出馬した滝沢求が当選した。

第24回参院選では自民党の山崎が民進党の新人で22回参院選で引退した田名部匡省の娘である田名部匡代に敗れた。第26回参院選においても田名部が次点に6万票以上の差を付け再選。26回参院選の1人区立憲民主党が勝利したのは当選挙区と長野県選挙区のみ、国民民主党・諸派を含めても山形県選挙区沖縄県選挙区の4つである。

後述の表でもわかるとおり、自民党が大逆風以外では快調な戦い(選挙報道では出口調査の段階で当確がでることが多い)をする青森県政界地図であるが、偶数回の選挙では対田名部との争いになった場合は一度も勝利をしたことがない。
選出議員

選挙回奇数回偶数回備考
第1回1947年佐藤尚武
無所属平野善治郎
民主党
第2回1950年工藤鉄男
自由党
第3回1953年)佐藤尚武
緑風会
第2補(1953年)笹森順造
改進党)工藤鉄男の死去に伴う。
第4回1956年)笹森順造
自由民主党
第5回1959年)佐藤尚武
(緑風会)
第6回1962年)笹森順造
(自由民主党)
第7回1965年津島文治
(自由民主党)
第8回1968年山崎竜男
(無所属)
第9回1971年)津島文治
(自由民主党)
第9補(1973年寺下岩蔵
(自由民主党)津島文治の死去に伴う。
第10回1974年)山崎竜男
(自由民主党)
第11回1977年)寺下岩蔵
(自由民主党)
第11補(1980年松尾官平
(自由民主党)寺下岩蔵の死去に伴う。
第12回(1980年)山崎竜男
(自由民主党)
第13回1983年)松尾官平
(自由民主党)
第14回1986年)山崎竜男
(無所属)
第15回1989年三上隆雄
(無所属)
第14補(1991年)松尾官平
自由国民会議)山崎竜男の知事選出馬に伴う。
第16回1992年)松尾官平
(自由民主党)
第17回1995年山崎力
新進党
第18回1998年田名部匡省
(無所属)
第19回2001年)山崎力
(自由民主党)
第20回2004年)田名部匡省
民主党
第21回2007年平山幸司
(民主党)
第22回2010年)山崎力
(自由民主党)
第23回2013年滝沢求
(自由民主党)
第24回2016年田名部匡代
民進党
第25回2019年)滝沢求
(自由民主党)
第26回2022年)田名部匡代
立憲民主党


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