青い蓮
(Le Lotus bleu)
発売日
1936年(モノクロ版)
1946年(カラー版)
シリーズタンタンの冒険シリーズ
出版社カステルマン
『青い蓮』(あおいはす、フランス語: Le Lotus bleu)は、ベルギーの漫画家エルジェによる漫画(バンド・デシネ)、タンタンの冒険シリーズの5作目である。ベルギーの保守紙『20世紀新聞(英語版)』 (Le Vingtieme Siecle)の子供向け付録誌『20世紀子ども新聞(英語版)』(Le Petit Vingtieme)にて1934年8月から1935年10月まで毎週連載されていた。当初はモノクロであったが、1946年に著者本人によってカラー化された。ベルギー人の少年記者タンタンが愛犬スノーウィと共に前作『ファラオの葉巻』の国際的麻薬密輸団の陰謀に関連する形で中国・上海に向かい、1931年の日本による陰謀事件を明らかにし、麻薬密輸団も壊滅させる。
エルジェは前作『ファラオの葉巻』の構想にあたって、タンタンがエジプトからインドを経由して最終的に中国に向かう物語を考えていた。本作はこの構想の後半部分にあたり、インドで終わった前作直後から物語が始まる。しかし、今度の舞台となる中国についてエルジェは、当時の一般のヨーロッパ人と同じ程度の知識しかなく、また偏見を持っていた。これを知ったルーヴェン・カトリック大学より、エルジェは中国人学生を紹介され、特に、その中の一人チャン(張充仁(英語版))は生涯の友となった。こうしてチャンの支援を受けながら、当時としてはかなり正確な中国描写となった。また、史実の柳条湖事件や、その後の国際連盟脱退を元に日本を敵役として描いたために日本の駐ベルギー外交官から抗議を受けるという事態も発生した。
完結後にすぐにカステルマン(英語版)社から書籍として出版され、前作と同じく商業的な成功を収めた。1946年にはリーニュクレールの技法を用いたカラー版が出版された。1991年にはカナダのアニメーション製作会社のネルバナとフランスのEllipseによるテレビアニメシリーズの中で、本作が映像化されている。
日本語版は、1993年にカラー版を底本にして福音館書店より出版された(川口恵子訳)。
あらすじ「ファラオの葉巻」も参照
インドのガイパジャマの宮殿に滞在していたタンタンの元に中国・上海からの訪問者がやってくる。日本人実業家ミツヒラトの名を口にするが、要件を伝えきる前にラジャイジャの毒で正気を失ってしまう。再び麻薬密輸団が関わっていると判断したタンタンは上海へと向かう。現地でミツヒラトと会うが、彼はマハラジャに危険が迫っていると警告し、インドに戻るように促す。何者かに命を狙われながらもインド行きの船に乗り込むタンタンであったが、船中で何者かに誘拐され、上海に引き戻されてしまう。タンタンを誘拐したのは、対アヘンのために暗闘する現地人の秘密結社「小龍会(シャオロンホイ)」であった。リーダーのワン・チェンイーは、そもそもインドに使者を送ったのは自分たちであり、ミツヒラトの正体は上海の暗黒街の顔役かつ日本軍のスパイであり、またインドと同じ国際的な麻薬密輸団が関わっていると話し、タンタンに協力を求める。要請を引き受けたタンタンは、アヘン窟「青い蓮」にいるミツヒラトを張り込み調査する。
出掛けたミツヒラトを尾行するタンタンは、彼が鉄道を爆破工作する場面を目撃する。日本軍は、事件を中国のゲリラによるものとし、そのまま上海を支配下に置く。タンタンが自分を探っていることに気がついたミツヒラトは、彼を捕まえ、ラジャイジャの毒で正気を失わせようとする。前もって潜入していたワンの手下が、毒をただの色水にすり替えていたため、タンタンは正気を失ったフリをして窮地を脱する。タンタンが解放された後、偶然から演技だったと気づいたミツヒラトは、日本軍にタンタンの逮捕状を発行するよう要請する。
タンタンは、ラジャイジャの毒を治療できるかもしれないファン教授のことを知り、彼が住んでいる上海租界に会いに行く。ところが一足遅く、彼は何者かに誘拐されていた。一方、租界地のドーソン警察長官は、汚職に塗れて日本軍と結託しており、タンタンを逮捕すると彼らに引き渡す。タンタンは死刑を宣告されるが、再びワンに助け出される。タンタンはファン教授を助け出すため、彼の身代金を持って指定された湖口へと向かう。途中、洪水で破壊された村に遭遇し、孤児のチャンを助ける。タンタンはチャンを連れて湖口に着くが、そこでミツヒラトの部下に襲われたことで、誘拐犯の正体がミツヒラトで、これが自分をおびき出すための罠であったことに気づく。
上海に戻ったタンタンは、ミツヒラトと決着をつけるため、あえて彼らに捕まり、「青い蓮」へと連れて行かれる。そこでミツヒラトと握手を交わすラスタポプロス(英語版)を目撃し、彼が麻薬密輸団のボスであったことが判明する。そのまま2人はタンタンの殺害を部下に命じるが、実は「青い蓮」は「小龍会」のメンバーで密かに制圧されており、タンタンの狙い通り、逆に2人が捕まり、ファン教授も救出される。
タンタンがミツヒラトの悪事を報道したことで日本は国際社会から批難され、日本はこれに抗議して国際連盟から脱退する。また、ミツヒラトは切腹し、自害したことが報じられる。期待通り、ファン教授は解毒剤の開発に成功し、チャンはワンの養子となることが決まる。大団円を迎えたタンタンはヨーロッパへと帰る。
歴史
執筆背景「ファラオの葉巻」も参照本作に貢献し、タンタンの友人チャンのモデルにもなった張充仁(英語版)(1935年)
作者のエルジェ(本名:ジョルジュ・レミ)は、故郷ブリュッセルにあったローマ・カトリック系の保守紙『20世紀新聞(英語版)』(Le Vingtieme Siecle)で働いており、同紙の子供向け付録誌『20世紀子ども新聞(英語版)』(Le Petit Vingtieme)の編集とイラストレーターを兼ねていた[1]。1929年、エルジェの代表作となる、架空のベルギー人の少年記者・タンタンの活躍を描く『タンタンの冒険』の連載が始まった。初期の3作は社長で教会のアベであったノルベール・ヴァレーズ(英語版)によってテーマと舞台が決められていた。第4作目となる『ファラオの葉巻』の連載開始の直前となる1932年11月24日に、エルジェは架空のインタビュー劇という形で、タンタンの次の冒険がエジプトから始まり、インド、スリランカ、インドシナを経由して中国に向かうと発表した[2]。こうして同年12月8日に連載が開始されたが、当初のタイトルは『記者タンタンの冒険、東洋へ』であり、後に『ファラオの葉巻』に改題された。『ファラオの葉巻』は1934年2月に最終回を迎えたが、物語の終わりはインドであった[3]。第5作目となった本作『青い蓮』は、前作の直後から話が続き、当初の構想であった『記者タンタンの冒険、東洋へ』の後半部分にあたる物語であった[4]。
エルジェは中国を舞台にするにあたって、同地のことを過去作の舞台であるソビエト連邦やベルギー領コンゴと同様によく知らなかった[5]。当時の一般的なベルギー人の認識では、中国は「遠くにある大陸国家で、野蛮かつ人口過多、理解不可能」というネガティブなステレオタイプで捉えられており、エルジェも長らく同じ考えを持っていた[6]。実際、過去作にも2度中国人キャラクターが登場しており、いずれもヨーロッパのステレオタイプな中国人像であった。『タンタン ソビエトへ』に登場した中国人は弁髪姿で、ボリシェヴィキに雇われてタンタンを拷問しようとし、『タンタン アメリカへ』に登場した中国人はチンピラでスノーウィを食べようとする[7]。こうした描写は、ジャーナリストのアルベール・ロンドル(英語版)の中国での体験記[6]や1933年のドイツ映画『Fluchtlinge』における中国の描写などから影響を受けていた[8]。私が新境地を開いたのは『青い蓮』の時でした。それまで、私にとって中国と言えば、ただ漠然と、ツバメの巣を食べたり、おさげ髪(辮髪)をし、あるいは川に子供を投げ込むような、非常に残酷な切れ長の目の人々が住む場所というものでした。