この項目では、地名について説明しています。植物については「ユキノシタ」をご覧ください。
.mw-parser-output .pathnavbox{clear:both;border:1px outset #eef;padding:0.3em 0.6em;margin:0 0 0.5em 0;background-color:#eef;font-size:90%}.mw-parser-output .pathnavbox ul{list-style:none none;margin-top:0;margin-bottom:0}.mw-parser-output .pathnavbox>ul{margin:0}.mw-parser-output .pathnavbox ul li{margin:0}日本 > 神奈川県 > 鎌倉市 > 雪ノ下
雪ノ下(ゆきのした)は神奈川県鎌倉市鎌倉地域にある地名。現行行政地名は雪ノ下一丁目から雪ノ下五丁目と大字雪ノ下。住居表示は丁目あり区域は実施済み区域、大字は未実施区域[5]。
もともとは鶴岡八幡宮背後の地域を指していたが、次第に拡大し境内とその周辺を指すようになった。 吾妻鏡によると、建久2年(1191年)2月17日に降雪が5寸になった雪見のため、鶴岡八幡宮を訪れた源頼朝が佐々木盛綱らに山辺の雪を長櫃に入れて夏に備えて貯蔵させたことが由来とされる。地名は吾妻鏡の建保元年(1213年)正月四日に初見される。源実朝を暗殺した公暁は、雪ノ下の本坊(別当坊)に逃れた。 応永24年(1417年)1月に関東管領上杉禅秀は挙兵して鎌倉公方足利持氏を追放するが、敗れて雪ノ下で自刃している(上杉禅秀の乱)。 江戸時代初期に「雪ノ下村」の地名が現れ、明治22年(1889年)まで続く。明治27年(1894年)に鎌倉町に編入され、昭和41年(1966年)に住居表示に伴い雪ノ下一丁目-四丁目となった。平成3年(1991年)に浄明寺からの移管で雪ノ下五丁目が編入・追加された。小町通りは、南半分の周辺が小町、北半分の周辺が雪ノ下である。 住宅地の地価は、2023年(令和5年)1月1日の公示地価によれば、雪ノ下5-4-11の地点で20万1000円/m2となっている[6]。 2023年(令和5年)9月1日現在(鎌倉市発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。 大字・丁目世帯数人口 国勢調査による人口の推移。 人口推移年人口
歴史・由来
地価
世帯数と人口
雪ノ下23世帯49人
雪ノ下一丁目463世帯1,030人
雪ノ下二丁目159世帯364人
雪ノ下三丁目241世帯513人
雪ノ下四丁目345世帯716人
雪ノ下五丁目37世帯78人
計1,268世帯2,750人
人口の変遷
1995年(平成7年)[7]3,191
2000年(平成12年)[8]3,023
2005年(平成17年)[9]3,151
2010年(平成22年)[10]3,070
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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