隼町
町丁
三宅坂交差点
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.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯35度40分52.37秒 東経139度44分33.54秒 / 北緯35.6812139度 東経139.7426500度 / 35.6812139; 139.7426500
国 日本
都道府県 東京都
特別区 千代田区
地域麹町地域
人口(2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
? 合計527人
等時帯UTC+9 (日本標準時)
郵便番号102-0092[2]
市外局番03[3]
ナンバープレート品川
隼町(はやぶさちょう)は、東京都千代田区の町名。最高裁判所が所在し、隣接する永田町・霞が関とともに日本の首都機能を担っている。「丁目」の設定のない単独町名である。住居表示実施済みの地域。郵便番号は102-0092[2]。 千代田区の西部に位置する。北部は東京FM通りに接し、これを境に麹町に接する。東部は内堀通り・桜田濠に接し境に皇居(千代田)になる。南部は青山通りに接し、これを境に永田町に接する。西部は半蔵門駅通りに接し、これを境に平河町に接する(地名はいずれも千代田区)。 隼町は国立劇場と最高裁判所があるところとして知られ、両施設が町域内の主体的な存在となっている。他にビルのほか、少数ながら住宅も見られる。 本来、隼町とは現在の隼町の北隣に当たる麹町一丁目南側の地域をいった。この旧:隼町は江戸時代初期は旗本屋敷で、1604年(慶長9年)より明暦の大火で消失するまでの間、日枝神社が存在した。1691年(元禄4年)火除地となった後、1697年(元禄10年)町屋が起立し、隼町が成立した。 一方、現在の隼町町域は江戸時代を通して武家地であったといわれている。三宅坂の由来となっている田原藩三宅家上屋敷は渡辺崋山が生まれ住んだ所としても知られる。 1872年(明治5年)に隼町は麹町山元町一丁目と改称し、南隣の武家地が麹町隼町と呼ばれるようになった。戦前は三宅坂一帯が陸軍の拠点となっており、隼町にも東京第一衛戍病院(現:国立国際医療研究センター)、教育総監部、陸軍航空本部などが置かれていた。
地理
歴史