隅田川花御所染
[Wikipedia|▼Menu]

『隅田川花御所染』(すみだがわはなのごしょぞめ)とは、歌舞伎の演目のひとつ。文化11年(1814年)3月、江戸市村座にて初演。鶴屋南北作。隅田川物清玄桜姫物世界に、さらに鏡山物を綯い交ぜにしたもの。通称『女清玄』(おんなせいげん)。
あらすじ
一番目三建目「見立十二支の内・丑 粂の平内左衛門/松若丸」 「鎌倉六本杉の場」を描いた見立絵。粂の平内が四代目中村歌右衛門、松若丸が五代目澤村宗十郎の似顔絵となっているところから、弘化4年(1847年)2月に市村座で上演された『初桜尾上以丸藤』(はつざくらおのえいわふじ)にもとづくものと見られる。歌川国芳画。

(発端 鎌倉六本杉の場)京の公家吉田家の子息松若丸は天下を覆そうとの望みを抱き、吉田家を出奔していたが、それが天狗に連れられあちこちの山を巡った後、鶴岡八幡の境内にある六本杉の高い枝に引っかかっていた。そこに異様の姿で丑の刻参りをする一人の男。これは入間家の家老粂の平内左衛門、その正体は平家の残党後藤兵衛盛長で、鎌倉幕府を呪っていたのであった。平内左衛門は松若丸に、吉田家は当主の少将惟貞が死んでお取り潰しになり、それが北条氏による讒言のせいだと聞かせる。松若丸はまずは幕府を潰してくれると平内と結託する事になり、そこに来合わせた大友常陸之助頼国とその家来の東馬を殺し、頼国に成りすまそうとはかる。

(浅草新清水花見の場)松若丸が婿入りするはずだった入間家では、当の松若が行方不明となり、吉田家も退転してしまったことにより婚儀が流れてしまった。結婚相手であった入間家の息女花子の前は、松若がすでにこの世には無いものと思い、出家を遂げる決心をする。そして入間の家は花子の前の妹である桜姫に婿を取らせて相続させることになった。今日は妹の桜姫をはじめ入間家の奥に仕える局の岩藤、中老の尾上や腰元など大勢の供も連れ、浅草新清水の寺に参詣しに来ているが、花子は参詣ののち出家剃髪するつもりである。

だが岩藤は、兄の平内左衛門とともに入間家を乗っ取ろうとしていた。そこでその計略のひとつとして、出家した花子の前をわざと堕落させようと企んでいたのである。それは履くと男に心を乱すという秘術を仕掛けた草履を花子に履かせるつもりで、その草履を猿島惣太という男に誂えさせていた。

深編笠をかぶり供を連れた二人の侍が寺を訪れる。一方は桜姫に岡惚れしている清水平馬之助清玄(しみずへいまのすけきよはる)、もう一方は大友常陸之助頼国。じつは桜姫が婿取りをするというのはこの常陸之助であったが、その正体は常陸之助になりすました松若丸である。平馬之助は桜姫に付け文を渡そうとするが、桜姫は相手にせず、それよりもいいなづけの常陸之助頼国の美男子ぶりにうっとりとする。

(竹刀打ちの場)参詣を済ませた花子の前は、供の者たちとともに寺の客殿で休息している。出家に当り戒を受ける阿闍梨から袈裟や衣を贈られた花子は、吉田家より送られた都鳥の一巻を、吉田家の菩提寺に納めるよう尾上に渡した。だが岩藤はそれが気に入らず、奥向きでは尾上より上役であるはずの自分にまず預けるべきだと言い、さらに尾上の素性が町人であることをあてこすり、それでお主を守るための武芸のひとつでも心得ているか、なければ禄盗人、知行盗人と散々に悪口し、自分と武芸で立合えという。

そこへ、尾上の下女お初が「お待ちくださりましょう」と現われる。お初は尾上の忘れ物を届けに来たのだったが、あるじの尾上の困惑しているのを見かねて出てきたのだった。お初は自分が尾上の代わりとして立合うことを岩藤に願い出たので、岩藤はこれを許し、室内に掛かっていた絵馬から取った竹刀で勝負をすることになった。まずは岩藤つきの腰元たちと勝負すると、腰元たちは散々に打ち据えられ、次に岩藤が直接相手をするも、これも打ち据える。この場を見ていた尾上は出すぎたこととお初を扇で打って叱るが、内心は悦んでいる。お初はその場を立ち退いた。やがて、花子の前がいよいよ剃髪することになったが、そこには阿闍梨から贈られた金剛草履と称し、例の岩藤たちのたくらみによる草履が置かれていた。

(元の新清水の場)いっぽう妹の桜姫は、腰元たちなどの手引きにより常陸之助(じつは松若)との逢引を楽しもうとしていた。そこへ出家剃髪し、姿を袈裟衣に数珠と改めた花子の前、その名も改め清玄尼(せいげんに)が通りかかる。その足には例の岩藤たちが用意した草履を履いていた。清玄尼は、桜姫と一緒にいる常陸之助の顔を見て驚く。自分が持っている松若丸の絵姿によく似ている…そう思いつつもその場を通り過ぎたが…

(夢の場)清玄尼が草庵で経を読誦していると、そこに一人の男が尋ねてくる。それは清玄尼が所持していた松若丸の絵像と比べると瓜二つ、松若その人であった。はじめて松若の顔を見た清玄尼は、こうしてお目にかかったうえはもう尼になることは嫌と言い、松若もそれがよかろうという。そのあと清玄は松若と、出家の身ながら堕落してしまうことに…

(新清水の場)…というのは、清玄の見た夢であった。

清玄は迷いの心を払わんと経文を読誦していたが、いつのまにか眠ってしまったものらしい。それがいとしいと思う松若を相手に破戒堕落する夢を見たことを清玄は恥じ、「とても生きてはいられぬ」と、清水の高い舞台から傘を持って飛び降りてしまう。

だが、清玄は飛び降りたものの気絶しただけで死ねなかった。そこへ居合わせた常陸之助が清玄を介抱する。清玄は気が付く。常陸之助と桜姫はその場で祝言の盃を交わすことになったが、その酒には鴛鴦の生血が用いられていた。そこへ平馬之助が来て恋敵の常陸之助に言いがかりをつけるが、それを庇うために清玄が生血の酒を飲んでしまう。生き物の血肉を口にするのは、僧侶として殺生戒に触れることである。清玄は破戒した咎で寺を追われることになったが、常陸之助を見てついに耐え切れず、松若様と呼んでかき口説く。常陸之助じつは松若は人違いと否定するも、なおもすがりつく清玄をもてあまし、ついには突き放し立ち去る。突き放された拍子に清玄は境内にある滝壺に落ちた。ようよう滝壺から這い上がった清玄は、来合わせた惣太にからまれながらも「胴欲なは松若さま、恨めしいは桜姫」と、常陸之助のあとを追ってゆくのだった。
一番目四建目

(入間館の場)入間の館に鎌倉御所からの上使として、北条義時の子息北条義澄と、清水平馬之助が訪れる。当家に伝わる関八州の御朱印と、平馬之助を通して鎌倉御所より預かる鯉魚の一軸を内見するためであった。岩藤と尾上が上使を出迎え、箱に入れられたこの二品を差し出した。義澄と平馬之助は箱を開けそれぞれ中身を改める。ところがその中身を改め見ると、なんと御朱印と一軸ならで草履が片方ずつ入っている。じつは二品の宝の中身は、岩藤たちによってすりかえられていたのである。尾上は驚くが、この草履は花子の前こと清玄尼が用いた金剛草履であった。なればこの二品の宝を盗んだのは清玄尼に相違あるまいと岩藤が言い出すので、尾上はそうではあるまいと清玄尼を庇うが、岩藤は尾上も清玄尼に馴れ合ってこの二品を盗んだのだろうと言い出し、ついにはその草履でもって尾上を散々に殴る。義澄は二品紛失の次第を鎌倉御所に帰って報告することにし、岩藤をはじめとする皆は尾上ひとりを残して、義澄と平馬之助の見送りにその場を立った。

(入間館尾上部屋の場)入間家の奥女中たちが宿とする長局、その一画にある尾上の部屋では、下女のお初があるじ尾上を迎える支度をして尾上を待っている。そこへ岩藤つきの腰元たちが訪れるが、なにやら気がかりなことをいって立ち去った。やがて尾上が廊下を歩み御殿より下がってきた。廊下に出て迎えたお初は上草履を差し出すが、それを見た尾上は最前草履で殴られたことを思い出し、いよいよ顔色を悪くするのであった。何も知らないお初はそんな尾上の様子を案じるが、尾上は自分の部屋へと入る。だがやはり気は晴れない。なおも案じるお初に、尾上は癪が起こったと紛らして肩を揉ませ、お初と話をする。そのうちお初がその場をはずしているあいだに尾上はなにやら書きつけ始めたが、それは実家の親たちに当てた書置きであった。尾上は岩藤に草履で殴られた恥辱に耐えかね、自害する覚悟をしたのである。

尾上は文箱に書置きと草履をひそかに入れ、お初にこの文箱を自分の実家にまで届けるようにと命じた。しかし今日のいつもと違った尾上の様子をお初は案じ、もう時刻も五つを過ぎているから明日にしてはというが、いうことが聞けないというのならば主従の縁を切ると尾上に言われ、致し方なく文箱を持って出かけてゆく。
一番目五建目

(辻番屋の場)忍ヶ岡にある辻番屋。ここの番人は、岩藤に命じられて草履を誂えた猿島惣太である。惣太はお尋ね者の大友家の子息一法師丸が、役人に追われ走り去ってゆくのを暗い中で見る。そこへさらに吉田家の子息梅若丸が、これも吉田家の下部だった軍助を供にして通りかかる。吉田家は悪人の源吾定景によって当主の惟貞が殺され退転し、梅若丸たちはその敵の源吾の行方を尋ねに旅をしていた。だが旅の疲れか梅若丸は病がちである。そこで軍助はこの辻番屋に梅若を休ませようと惣太に預け、自らは梅若に与える薬をよそへ置き忘れたので取りに戻った。

梅若を見て惣太は悪心を起こす。最前目にした大友家の一法師丸のことを思い出し、今目の前にいる梅若丸を一法師丸として役人に突き出し、褒美を得ようと考えたのである。惣太は梅若に、おまえは大友家の一法師丸だろうと問うが、梅若はもちろんそれを否定する。しかしそれでも惣太は素性を白状しろと、そばにあった割り竹で梅若を散々に殴った。ところが梅若が所持している守り袋に、吉田家の子息梅若丸という書付があるのを見て惣太は驚く。惣太はじつは吉田家のもと家臣粟津の七郎で、梅若丸が誕生する以前に吉田家を去っていたのである。

だが惣太は、打たれて虫の息の梅若を、守り袋の紐でもって絞め殺した。「主を殺したという事は、だれも聞かねえ…ひろい世界に、あのお月様とおればかり」と、番屋の近くにある川に梅若の死骸を投げ捨てた。供の軍助が戻らないうちにここを逃げようと、惣太は荷物を持って番屋を立ち退く用意をする。

そこへ尾上の実家に向うお初が、箱提灯を持った中間を道案内にして通りかかる。しかしこの中間がなにやら縁起の悪いことばかりいうので、尾上の身を案じているお初は中間を帰らせ、ひとりで道を行くことにした。お初は道を急ぐが、道に躓き足に怪我をしたので辻番屋に立ち寄り、その灯りをたよりに鼻紙を出して傷を結わえる。そのとき烏が鳴く。

胸騒ぎの収まらぬお初は、もう行くのはやめて引き返そうかと迷うところに、梅若の身を案じる軍助が戻ってきた。荷物を持って逃げ出そうとする惣太は軍助に声を掛けられぎくりとし、軍助は梅若のことを尋ねようとする。惣太は軍助をふりきって逃げようとするが、この場に居合わせたお初はこのふたりに巻き込まれる。惣太を捕らえようとした軍助が誤ってお初の持っていた文箱の紐を捕らえ、そのはずみで文箱の中身が飛び出した。取り上げてみると書状の上書きには書置きの事、そして草履。これらをみたお初はびっくりし、「こりゃこうしていられぬわえ」と書置きと草履を持ち、大慌てで尾上のもとへと走り去った。あとに残った軍助も惣太を捕らえようとしたが逃げられてしまう。

(尾上部屋の場)尾上は部屋で喉を懐剣で突き自害する。このとき後ろより忍び寄る者が現われたが、それは岩藤であった。尾上は家老の粂の平内とその妹の岩藤がお家を乗っ取ろうとする悪人であると以前より気付き、万一のことを思いお家の重宝である御朱印の偽物をあつらえ、本物は自らが所持していた。だが盗んだ御朱印が偽物であったと気づいた岩藤は、尾上が本物を隠し持っていると思い奪いに来たのである。断末魔の尾上は抗うも、岩藤は尾上を蹴飛ばし御朱印を奪って逃げ去った。

そこへ大慌てで戻ったお初は、尾上を見て呼びかけ介抱するが、尾上は岩藤が御朱印を奪っていったことをようよう聞かせて事切れるのだった。

(入間館奥庭の場)雨の降る入間家の奥庭では、平内と岩藤、清水平馬之助の三人が傘を差して集まり悪事の相談をしている。岩藤は兄の平内に御朱印を渡したが、平馬之助はもう用済みと斬り殺す。この様子を、お初が物陰から見ていた。

平内は岩藤に密書を渡しこの場から立ち去る。するとそれまで鳴いていた蛙の声がやんだ。岩藤ははっとして誰か近くにいるのかと、見るとお初が目の前に出てきた。お初は尾上が具合を悪くしたので、岩藤に見舞ってほしいという。だが岩藤はその場で頭痛が起こったといって仮病を使い、同道を拒む。するとお初は、自分がよいお守りを持っていると例の草履を岩藤に突きつけた。「そのお頭痛のお守りには、この草履が相応でござります」というお初に岩藤は怒り、お初を引き据え、この草履でもって尾上もぶち据えたのだといって草履で散々に殴った。すると岩藤の懐から密書が落ちる。お初はそれをすばやく奪い取り、このうえは主人尾上のうらみ今こそ晴らさんと、岩藤に斬りかかり、とど岩藤を刀で抉る。断末魔の岩藤は、「たとえ死んでも岩藤が恨みは残って、入間の身寄り花子をはじめ桜姫、なに安穏におくべきぞ」と言い残し息絶えた。それをお初が「主人尾上が恨みの草履、思い知ったか」と岩藤の死骸を草履で散々に打つのであった。そこへ騒ぎを聞きつけた奥女中たちが、薙刀を手にして駆けつける。

(屋根仕合の場)そして平内たちの悪事は露見し、平内は御朱印を持ち館の屋根に上がって逃れようとしたが、館の手勢に取り込まれてついに捕らえられるのだった。
二番目序幕

(隅田川梅若塚の場)それから一年が過ぎた春のこと。


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:31 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef