闘牛
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出典検索?: "闘牛" ? ニュース ・ 書籍 ・ スカラー ・ CiNii ・ J-STAGE ・ NDL ・ dlib.jp ・ ジャパンサーチ ・ TWL(2015年6月)
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井上靖の小説については「闘牛 (小説)」を、韓国の闘牛については「闘牛 (韓国)」をご覧ください。
スペインにおける闘牛日本における闘牛(新潟県長岡市山古志 牛の角突き

闘牛(とうぎゅう)は、闘牛士が戦う競技、または牛と牛が戦う競技。あるいはその競技に用いる牛のこと。
西欧における闘牛突進する牛から身をかわす闘牛士ポルトガル闘牛の一場面「ブラッド・スポーツ」および「en:Spanish-style bullfighting」も参照

牛と闘牛士が戦う競技は、スペインポルトガル南部フランスラテンアメリカなどで行われており、特にスペインでは闘牛は国技とされ、盛んである。しかし近年、闘牛士が牛を槍や剣で刺していき、死に至らしめるのを見せるということに対して動物愛護的な観点から批判が強まっている。なお、日本国内では、昭和50年に、中央環境審議会において、「メキシコ闘牛の公開は、好奇的な娯楽として行われることに正当化理由はなく、闘牛場において牛を追い回し、刀槍をもって刺し、最後に殺す行為は動物愛護管理法に反する」として、その開催に反対した例がある[1][2]

スペイン語で闘牛を「コリーダ:Corrida de toros」(牛の走り、la corridaのみでも闘牛を指す)と表す。

スペイン闘牛では、「マタドール」と呼ばれる闘牛士が活躍するが、マタドールは正闘牛士のことであり、闘牛士全体の1割しかいない狭き門である。残りの9割は准闘牛士で、まともに活躍できるのはさらにその1割しかいない。

牛の興奮をあおるのに赤い布(ムレータ)が使われているため、牛は赤いものを見ると興奮すると思われがちであるが、牛の目は色を区別できず、実際は色でなく動きで興奮をあおっているのである。昔は赤ではなく、白や黄色の布を使われており、客席を興奮させるために赤い布がつかわれている。
スペイン闘牛の歴史

西ゴート王国以来、中世のスペインでは円形闘技場で闘牛が行われていた記録はあるが、初期の闘牛が具体的にどのような形で行われていたのかは不明である[3]。10 - 11世紀のカスティーリャ文学などには、当時のキリスト教王国での闘牛の有り様が描かれているが、中世の闘牛は結婚式の出し物や軍事訓練などの目的で貴族が主催者となって行われた。騎乗した騎士従士の補助を受けつつ、槍や剣で牛を倒す様を民衆に公開していた。騎馬闘牛(レホネーオ)は形式を変えつつ17世紀に最高潮を迎え、闘牛が民衆主導で行われるようになった18世紀以後には下火となったが、完全に消滅することはなかった。

また、アルフォンソ10世の時代に、ピレネー山脈からラ・リオハ地方にかけて「マタトロス」と呼ばれる職業的な牛殺しが現れるようになった[3]屠畜見世物とするマタトロスたちは社会の最下層と位置づけられていたが、やがて騎馬闘牛の助手として闘牛に欠かせない存在となり、闘牛が盛んになるにつれ社会的な地位も変化していった。

貴族による闘牛が退潮期に入った18世紀前半には、馬に乗り手槍(レホン)(es)を扱うレホネアドール(en)、同じく馬に乗り長槍(バラ・ラルガ)を扱うバリラルゲーロ、徒歩の闘牛士であるマタドールが共存する形で行われていたが、貴族の騎馬闘牛の衰退とともにバリラルゲーロが闘牛の花形となった[3]。バリラルゲーロは現代闘牛のピカドールようにマタドールとチームは組まず、正面から単独で牛と戦った。しかし、18世紀後半には馬の供給や費用の問題からバリラルゲーロはマタドールの補助員の役回りとなり、現代まで続く闘牛の様式が完成した[3]
スペイン闘牛の衰退と禁止の動き

大衆娯楽の中心がサッカーに移り、観客数が激減。2000年代に入り、動物愛護団体からの強い批判にもさらされ、特に2007年8月にTVE(スペイン国営テレビ)が闘牛の生放送を中止してからの衰退ぶりは激しく、予算削減もありスペインでの試合回数もかつての2/3まで落ち込んでおり、バルセロナでは唯一の闘牛場ラ・モニュメンタルで年数十回開催されるのみとなっていた。

2007年のスペインの国勢調査では国民の3/4が「闘牛に関心がない」と回答するほど人気が低迷している。ごく一部ではあるが、かつての闘牛に代わって、向かってくる牛を曲芸師がジャンプして躱(かわ)すなど、牛を傷つけない曲芸等も行われたり、そこから発展して牛の突進をかわす美しさや技術を競う「ブル・リーピング(en:Bull-leaping)」という競技が考案されたりしている[4]

1991年にカナリア諸島で初の「闘牛禁止法」が成立し、2010年7月28日にはスペイン本土のカタルーニャ州で初の闘牛禁止法が成立、2012年から州内で闘牛を行なうことを禁止(これに先立つ2011年にはスペイン全土でテレビ中継が終了した)、2011年9月25日にカタルーニャ最後の闘牛興行を終えている[5]。人気低迷や動物愛護の高まりのほか、独自の文化とスペインからの独立気質を持つカタルーニャ地域主義が背景にあるとみられる[6]
日本における闘牛「en:Bull wrestling」および「en:T?gy?」も参照動画:新潟県長岡市山古志の牛の角突き沖縄県うるま市石川の闘牛沖縄の闘牛場

日本では人と牛は戦わず、牛同士による格闘技、相撲、神事である。人は勢子と呼ばれる牛を補助するセコンド役である。伝統的に牛相撲、牛突き、牛の角突きなどと呼ばれ、岩手県久慈市新潟県二十村郷(長岡市小千谷市など)、島根県隠岐島愛媛県宇和島市鹿児島県徳之島沖縄県沖縄本島うるま市本部町今帰仁村読谷村など)、石垣島[7]などで行われている。また沖縄県とうるま市は、2018年に伝統文化である闘牛を無形文化財として指定している。また、徳之島においては毎年、初場所(1月)・春場所(5月)・秋場所(10月)の年3回で6場所の「全島大会」が開催され、徳之島町天城町伊仙町の各町の協会が持ち回りで主催している。また、全島大会と前後した日やお盆には、牛主同士が出資して島内各地の闘牛場で闘牛大会が行われている。

1988年までは東京都八丈島でも行われていたが、現在は行われていない[8]

以下に記述するスペインなどの闘牛とは異なり、むしろ闘犬に近く、相撲のような競技である。


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