闇の絵巻
訳題The Scroll of Darkness
作者梶井基次郎
国 日本
言語日本語
ジャンル短編小説
発表形態雑誌掲載
初出情報
初出『詩・現実』1930年9月22日発行・第二冊
出版元武蔵野書院
刊本情報
収録作品集『檸檬』
出版元武蔵野書院
出版年月日1931年5月15日
題字梶井基次郎
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『闇の絵巻』(やみのえまき)は、梶井基次郎の短編小説。夜更けの渓沿いの暗い街道を歩いていく感情と空想を絵巻物のように綴った作品[1]。「闇」を愛することを覚えた山間の療養地の暗闇を回想しながら、不安と安息の交錯する闇の風景を研ぎ澄まされた視覚・聴覚・嗅覚を駆使して描き出した短編である[2][3][4]。擱筆の約3年前に伊豆湯ヶ島で毎日のように通った川端康成の宿からの帰り道を題材にしている[3][5][6]。初出掲載時に文壇で公に認められた最初の梶井文学でもある[2][7][8]。 1930年(昭和5年)9月22日発行の同人誌『詩・現実』第二冊に掲載された[9]。その後、基次郎の死の前年の1931年(昭和6年)5月15日に武蔵野書院より刊行の作品集『檸檬』に収録された[9]。同書には他に17編の短編が収録されている[10]。 翻訳版は、Robert Allan Ulmer、Stephen Dodd訳による英語(英題:The Scroll of Darkness またはScroll of Darkness)で出版されている[11][12]。 「私」は、或る有名な強盗犯が、1本の棒さえあればそれを突き出しながら暗闇でも盲滅法に走れると逮捕時に豪語したのを新聞で読み、その話に爽快な戦慄を覚えて「闇」について思いをめぐらす。 われわれ人間は何も見えない真っ暗な闇の中では、不安や恐怖により摺り足で進むしかなく、先へ敢然と踏み出すには、悪魔を呼び寄せ裸足で薊を踏んづけるような「絶望への情熱」がなくてはならないが、しかしその一方で、もしその意志を捨ててしまうなら、闇はわれわれを深い安堵で包み込み、電燈の下では味わえない安息をもたらすと「私」は語る。 「私」は、「巨大な闇」と一如になってしまったような自身の今の感情の意味を考えながら、闇を愛することを覚えた山間の療養地での真っ暗な風景を回想する……。そこは金色の兎がいるかのように見える昼間の枯萱山が、夜になると黒々とした畏怖に変化する地帯であった。 その地で「私」はある時、岬の港町行きの乗合自動車に乗ってわざと峠で降りて自分を遺棄し、深い渓谷が薄暮から闇に沈んでいく風景をじっと待った。「地球の骨」のように見えて来る黒い山々の屋根は、「おい、何時まで俺達はこんなことをしていなきゃならないんだ」と、「私」が居るのも知らずに話し出した。 「私」がいた旅館から渓沿いの下流に1軒の旅館があった。そこから「私」の宿泊旅館まで帰っていく闇の街道は3、4町(400メートル)くらいの距離で、その間の電燈の数は少なかった。旅館をすぐ出た最初の電燈の真下の柱には、いつも青蛙が1匹ピタっと身をよせ、「私」は立ち止まりそれを眺めた。 少し先に行った橋に立つと、上流方向の黒々とした山の中腹に遠く見える1個の電燈の光が、バァーンとシンバルの音のようで「私」はなんとなく恐怖を感じるのが常だった。渓の岸の杉林にある1軒の炭焼小屋からは樹脂臭い白い煙が闇に立ち上っていることもあった。 橋を渡りきると、左は渓の崖、右は山の崖の暗い登り道で、行く手に見える或る旅館の裏門の電燈まで「私」は息切れで立ち止まりながら進んだ。そこから右へ曲がる街道の渓沿いに巨大な椎の木があり、見上げた「私」は大きな洞窟にいるように感じ、奥にいる梟の声を耳にする。道の傍らの小字から射す光が、道の上を覆う竹藪をほの白く光らせていた。 切り立った崖を曲がり、突如として広い展望の闇の風景の中へ出ると、「私」の心にも新たな決意が生れ来るようで、「秘やかな情熱」が静かに「私」を満たし始める。その大きな闇の途中には1軒だけ人家があり、そこだけ街道が少し明るくなっていた。 ある夜は、自分と同じように前を1人の男が提灯なしで歩いているのが、その人家の光により突然と「私」に了解された。やがて男は明るみを背にして前方の闇の中へ消えていった。それは、同様の順序で闇に消えていく自分自身の姿を「私」に想起させ、異様な感動をもって「私」はその姿を眺めた。 その人家の前を過ぎ、左の渓の彼方の夜空を這う爬虫類の背のような山脈と、行く手を黒々と包む杉林のパノラマ、右からも杉山の切り立った崖の真っ暗闇の道に来ると「私」の不安は次第に高まった。そしてそれが極点に達した刹那、突然「ごおっ」という激しい瀬音が「私」に迫り来る。 その凄まじい流れの音は、大工や左官たちが渓の中で不思議な酒盛をして笑っているように「ワッハッハ、ワッハッハ」と聞えるときもあり、混乱する「私」の心は捩じ切れそうになる。だがその途端、行く手に1個の電燈がパッと視界に入り、闇はそこで終る。 その電燈が崖の曲り角となり、そこを曲がった所に「私」の旅館はある。安堵の気持で「私」は最後の道を進んだ。しかし霧の深い夜には、電燈も遠くに霞んだように見え、「私」はどこまで行ってもそこへ辿り着けないような不安な、不思議な遠い遠い気持になった。
発表経過
あらすじ