せきね のぶあき
関根 信昭
プロフィール
本名関根 信昭[1]
性別男性
出身地 日本・東京府(現・東京都)[2][3][4]
生年月日 (1934-01-01) 1934年1月1日
没年月日 (2021-11-20) 2021年11月20日(87歳没)
血液型O型[5]
職業声優、俳優
事務所81プロデュース(最終所属)[2]
公称サイズ(時期不明)[6]
身長 / 体重167 cm / 70 kg
活動
活動期間1954年[6] - 2021年
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関根 信昭(せきね のぶあき、1934年〈昭和9年〉1月1日[3][4][5] - 2021年〈令和3年〉11月20日)は、日本の声優、俳優。東京府(現・東京都)出身[2][3][4]。81プロデュース最終所属[2]。 東京都立第四商業高等学校出身で高校の演劇部の後輩には富田耕生、古川登志夫がいる[7]。 母校に通って来て、セット、小道具などの作り方を熱心に指導していた[8]。 NHKの俳優養成所の研究生を経て[9]、東京放送劇団5期生[10]。 初仕事は刑事物のドラマの脱獄した犯人役の足だった[9]。 1966年5月から日本点字図書館の朗読奉仕者をしていた[9]。 同放送劇団解散後、関根が図書館の朗読奉仕者をしていたことを知っていた人物から「こういう仕事なんだが、やってくれないだろうか」と打診が来たのが副音声だった[9]。「あなたならできるんじゃないか」と紹介してくれて、1990年から2001年まで、連続テレビ小説の副音声解説を担当していた[3][4][9]。 2021年11月25日、所属事務所から11月20日に脳幹梗塞による臓器不全で亡くなったことが発表された[11][12]。87歳没。 時代劇、大河ドラマなどに俳優として出演しており、アニメ、人形劇、洋画、海外ドラマの吹き替え、ラジオドラマなどに数多く出演していた[4]。 趣味はオルゴールやストリートオルガンなど自動演奏機のレコード集め[5]。 関根が生前で降板した役、もしくは死去した後の役の中で、持ち役を引き継いだ人物は以下の通り。 後任役名作品後任の初出演
経歴
人物
後任
江原正士副音声解説『連続テレビ小説』『さくら』
伊井篤史木耳持兼『忍たま乱太郎』テレビアニメシーズン20
出演作品
テレビドラマ
半七捕物帳 第6回「お化け師匠」(1955年、NHK) - 弥三郎
ここに人あり
次郎物語(1964年 - 1966年、NHK)
大河ドラマ
赤穂浪士(1964年) - 近松勘六
三姉妹(1967年) - 小田計十郎
竜馬がゆく(1968年) - 平井収二郎
春の坂道(1971年) - 土方雄久
元禄太平記(1975年) - 醍醐中納言
鬼平犯科帳 第1シリーズ(NET / 東宝)
第31話「女の毒」(1969年) - 役者
第54話「色と欲」(1970年) - つる屋の番頭
タイム・トラベラー(1972年、少年ドラマシリーズ) - 未来人
太陽にほえろ! 第47話「俺の拳銃をかえせ!」(1973年、NTV / 東宝) - タレコミ屋のバーテン
連続テレビ小説(NHK)
本日も晴天なり(1981年)
澪つくし(1985年)
舞台
朗読劇 ダイヤルMを廻せ!(1997年) - 裁判官の声
テレビアニメ
1963年
鉄腕アトム (アニメ第1作)(シュガー族の雄)
1965年
ジャングル大帝(1965年 - 1967年、ケン一[14])-2シリーズ
1966年
レインボー戦隊ロビン(ペガサス[15])
1971年
アニメンタリー 決断[16]
1978年
キャプテン・フューチャー
1979年
アニメーション紀行 マルコ・ポーロの冒険(セイロン国王バーブ三世)
1988年
美味しんぼ(北尾照一)
それいけ!アンパンマン(ちゅうしゃき先生〈初代〉、古時計じいさん)
1990年
楽しいムーミン一家
1992年