門司港駅
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この項目では、現存する旅客駅について説明しています。かつて存在した同名の貨物駅については「門司埠頭駅」をご覧ください。

門司港駅
駅舎(2019年8月)
もじこう
Mojik?

(4.0 km) 小森江 JA30►
右は九州鉄道記念館駅
所在地北九州市門司区西海岸一丁目5-31.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯33度56分42.47秒 東経130度57分41.36秒 / 北緯33.9451306度 東経130.9614889度 / 33.9451306; 130.9614889座標: 北緯33度56分42.47秒 東経130度57分41.36秒 / 北緯33.9451306度 東経130.9614889度 / 33.9451306; 130.9614889
駅番号JA  31 
所属事業者九州旅客鉄道(JR九州)
所属路線 鹿児島本線
キロ程0.0 km(門司港起点)
電報略号モコ
駅構造地上駅[1]
ホーム2面4線[1]
乗車人員
-統計年度-4,389人/日(降車客含まず)
-2022年-
開業年月日1891年明治24年)4月1日[1][2]
乗換平成筑豊鉄道門司港レトロ観光線
九州鉄道記念館駅
備考直営駅[3]
みどりの窓口[4]
北九州市内

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改修後の駅舎(ライトアップ)ホーム全景

門司港駅(もじこうえき)は、福岡県北九州市門司区西海岸一丁目にある、九州旅客鉄道(JR九州)鹿児島本線駅番号はJA31。同線の起点である[1]

関門トンネルが開通するまで九州の鉄道の玄関口であり、対岸の下関駅との間に就航した関門連絡船との連絡中継駅として賑わった。駅舎は重要文化財に指定されており、現役の駅舎で重要文化財指定を受けているのは当駅と東京駅東京都千代田区丸の内駅舎のみである[1][注釈 1]日本経済新聞社の2007年アンケート「足を延ばして訪れて見たい駅」の全国第1位にランクされた。
歴史初代門司駅舎

当初は、九州鉄道の起点駅・門司駅として1891年明治24年)4月1日に開設された。初代の駅舎が建てられたのは現在よりも東側で、今の北九州銀行門司支店の裏手にあたる。1901年(明治34年)5月27日には関門連絡船の運航が開始され、本州の鉄道と結ばれて多くの旅客と貨物がこの駅を経由することになった。しかし、1911年10月から下関 - 小森江間で貨車の車両航送が開始され、貨車は直接連絡船に載せて本州と九州の間でやり取りされるようになり、当駅を経由するのは旅客が中心となった[1][2]

1914年に現在の駅舎が完成し、移転開業した。その後も九州の鉄道の起点としての地位を保っていたが、関門トンネルの開通に際して山陽本線の接続点となる大里駅を門司駅に改称することとなったため、当駅は門司港駅に改称された[1]。また、それまで門司の埠頭にある貨物輸送用の駅が門司港(もじみなと)駅と称しており、これにあわせて貨物駅は門司埠頭駅に改称された。それ以降の当駅は、本州と九州を連絡する鉄道輸送の流れから外れることになった。

第二次世界大戦に際しては、1945年3月5日に米軍の空襲を受け、駅構内で3名が死亡した。21世紀になってからの駅舎復元工事の際には、駅舎に残されていた機銃や爆弾の痕跡が発見された[5]

門司港駅が輸送の流れから外れた後も、門司鉄道管理局や国鉄九州総局などは引き続き門司港駅のそばに置かれた。国鉄分割民営化後に発足したJR九州では異例の福岡と北九州の2本社体制となり、門司港駅脇に北九州本社が引き続き置かれていたが、しかし福岡本社への統合に伴い2000年に北九州本社は閉鎖された。この建物は旧三井物産門司支店として現存する。

それ以降は門司港レトロへの観光客などが利用する駅となっている[1]

2012年より、開業当初への復原・耐震工事を行うために一度仮駅舎に移行し、2019年に工事完了した[6]
年表

1891年明治24年)4月1日九州鉄道(初代)が門司駅として開設[1]

1897年(明治30年)4月20日:門司 - 小倉間複線化[7]

1901年(明治34年)5月27日山陽鉄道関門連絡船を就航[1]

1906年(明治39年)12月1日:山陽鉄道が国有化され関門連絡船も国有となる[1]

1907年(明治40年)7月1日:九州鉄道(初代)が国有化され帝国鉄道庁が所管[1]

1911年(明治44年)

10月1日:下関 - 小森江間で貨車の車両航送開始[1]

11月10日:構内でお召し列車の入換作業中に御料車の脱線事故が発生する[8]。この時に、当時の当駅の構内主任が自殺するという事件が起きている[9]


1914年(大正3年)

1月15日:東方より200メートル移転し現在の駅本屋が完成[1]

9月:関門連絡船用桟橋竣工[1]


1928年昭和3年):駅前の噴水が撤去される[10]

1930年(昭和5年)4月1日:門司 - 外浜間貨物支線開通[1]

1942年(昭和17年)4月1日:関門トンネル開通計画に伴い門司港駅に改称[1]


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