長野県野沢北高等学校
.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯36度13分32.6秒 東経138度27分35.4秒 / 北緯36.225722度 東経138.459833度 / 36.225722; 138.459833
長野県野沢北高等学校(ながのけん のざわきたこうとうがっこう)は、長野県佐久市にある公立高等学校。通称「野北(のきた)」、「北高(きたこう)」。
概要校名と学生歌が刻まれた碑
1901年に長野県立上田中学校野沢分校として創立した。全日制課程で普通科、理数科設置。2013年度より55分間授業となっている。クラブ活動は「班」をもって行われ、「班活」と呼ばれる。近年、進学を優先させるために班活動の時間を削減している。
県内の旧制中学校をルーツとする公立高校によくある伝統として、新入生は入学直後に応援団から応援練習を受けるのが恒例となっている。
2020年3月24日、長野県の少子高齢化に伴う県立高等学校再編計画により野沢南高等学校と再編統合されることが決定した[1]。 桜花と光芒の組み合わせ。 本居宣長の「敷島の大和心を人問はば 朝日に匂ふ山ざくら花」の歌から取られたものである。 文化祭は「日輪祭」と称し、毎年6月下旬から7月上旬に行われている。4日間にわたって行われ、1日目には各種準備と前夜祭が行われる。2・3日目は1・2学年によるクラス展、3学年による模擬店、吹奏楽班・軽音楽班・音楽班などによる発表、地学班・科学班・生物班などの研究成果の展示、美術班・写真班による作品展示、また「青空ステージ」と呼ばれる生徒参加型の企画が行われる。4日目には合唱コンクールと後夜祭が行われる。合唱コンクール終了後に全校で、ベートーヴェンの交響曲第9番のドイツ語による合唱が行われていた。(1988(昭和63)年から2019(令和元)年までの間)[4]後夜祭ではミニ運動会を行い、ファイヤーストームでは弓道班が火矢を射る。そして告白ステージや水掛けといったイベントが毎年行われている。 高冷地に位置するためスピードスケートが盛んで、かつては高校総体で何度も上位入賞を果たしている。2008年度にはショートトラックの世界ジュニア選手権代表を輩出した。高校総体にも出場し、2種目で優勝と準優勝を達成した。 野球班は1974年、第56回全国高等学校野球選手権大会に出場した[5]。 陸上班は2007年度秋田わか杉国体少年男子A100メートル、2012年度高校総体女子走高跳に出場した。 学芸班では、将棋・囲碁班が毎年全国大会へ出場し、2008年に準優勝した。
教育目標
教養を高め、知性を磨き、心身を鍛え、平和な世界を希求し、社会の有為な形成者となる資質を培う
沿革
1901年4月1日 - 長野県立上田中学校野沢分校として創立。
1904年4月1日 - 長野県立野沢中学校として独立。
1920年4月 - 長野県令38号により、長野県野沢中学校に改称。
1948年4月 - 学制改革により、長野県野沢北高等学校となる。
1950年4月1日 - 男女共学制となる。
1960年10月1日 - 校歌制定。
1994年4月1日 - 理数科を設置。
2002年4月 - 3学期制を前後期制に改める。
2007年4月 - 再び3学期制に移行。土曜公開授業開始。
2015年4月 - 再び前期後期制に移行。
基礎データ
アクセス
JR小海線中込駅
象徴
校章
校歌・応援歌
校歌(作詞:草野心平、作曲:小山清茂)[2]
学生歌(作詞:秋山晴夫、作曲:東京音楽学校)[3]
応援歌(第一・第二)
運動歌
選手慰安の歌
凱歌「日輪天に」(作詞:いではく)
学校行事
部活動(班活動)
高校関係者と組織
高校関係者組織岳南会館
岳南会 - 旧制野沢中学、野沢北高校の同窓会組織。1906年(明治39年)、第1回卒業生を送り出した直後の4月に発足した。2000年(平成12年)には創立100周年事業として岳南会館を建設した[6]。
著名な出身者
政界
井出一太郎 - 内閣官房長官、農林大臣、郵政大臣
井出正一 - 厚生大臣
木内均 - 元衆議院議員
小泉俊博 - 小諸市長、柔道班出身
小林武治 - 厚生大臣、法務大臣、郵政大臣、静岡県知事
田村智子 - 参議院議員、日本共産党委員長[7][8]
土屋哲男 - 元東御市長
三浦大助 ‐ 元佐久市長
柳田清二 - 佐久市長、元長野県議会議員、柔道班出身
依田米秋 - 元進歩自由連合党首[9]
官界
井出亜夫 - 官僚、元経済企画審議官(58回昭和37年卒)[10]
稲山文男 - 元内閣官房行政改革推進本部事務局長、元官民人材交流センター副センター長
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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