長崎県立島原高等学校
.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯32度47分36.8秒 東経130度21分55.8秒 / 北緯32.793556度 東経130.365500度 / 32.793556; 130.365500
長崎県立島原高等学校は、島原半島東部、長崎県島原市城内二丁目にある公立高等学校。地元では「島高」(しまたか、しまこう)と呼ばれる。
概要
歴史
1900年(明治33年)に開校した「長崎県立島原中学校」(旧制中学校)を前身とする。この当時、県立中学校(旧制中学校)は長崎市に1校(長崎県立長崎中学校)のみで、大村の玖島学館(現長崎県立大村高等学校)と平戸の猶興館(現長崎県立猶興館高等学校)は旧藩主の出資によるもの(私立)であった。島原地方の要望をうけた当時の南高来郡長、松原英義が中学設立に奔走し、実現に至った。校地には旧島原藩主の松平忠和より邸宅敷地が与えられた。2010年(平成22年)に創立110周年を迎えた。
校是
「文武両道」
スローガン
「輝け!★21世紀の旗手・青き楓たち」
教育方針
和衷協同のもと、伝統ある校風の継承・発展に努め、誇り高く向上心盛んな活気溢れる学校をつくる。
師弟同行のもと、文武両道の修練に励み、心身ともに健康で豊かな教養を備えた人間を育てる。
校章
1949年(昭和24年)に公募され、在校生の作品が校章となった。可能性を秘めた若さを表すために緑色の楓の葉を背景に「高」の文字を置いている。
校歌
1949年(昭和24年)に制定。作詞は詩人の宮崎康平[1]、作曲は大沢寿人(関西交響楽団の指揮者)による。3番まであり、各番とも「島原高校 あゝ我等が母校」で終わる。
校舎
1931年(昭和6年)に完成。ゴシック様式。
課程・学科および特色
全日制課程 2学科
普通科
1年次 - 地歴・芸術の選択でクラス編制。
2年次 - 文系・理系のコースに分かれる。
3年次 - 文系は更に文Tコースと文Uコースに分けて指導を行う。理系コースはそのまま。
理数科
理科・数学に高い関心や適性を持つ生徒対象の学科
1 年次から理科・数学・英語に重点を置き、理科3 科目にも対応。地学研修 ジオパークについての学習 山登り 課題研究、研究所・企業訪問、大学教授や大学院生による実験・講義等、校内外における体験的・問題解決的な学習の充実も図っている。SPP(サイエンス・パートナーシップ・プロジェクト)[2]や理数科研修旅行などの特色ある行事が実施されている。
定時制課程(夜間部)1学科
普通科
島原半島にある高等学校の中で唯一の定時制。本来4年で修了となるが、長崎県立鳴滝高等学校の通信制を利用し同時に学習すると、3年での卒業が可能(定通併修制度)。
学級数・生徒数
全日制課程 (2011年(平成23年)4月現在)
1学年 - 6学級(普通科5+理数科1)239名
2学年 - 7学級(普通科6+理数科1)265名