長周期地震動
[Wikipedia|▼Menu]

長周期地震動(ちょうしゅうきじしんどう、英語: long-period ground motion、LPGM)とは、地震で発生する約2 - 20秒の長い周期で揺れる地震動のことである。周期が長い、すなわち低周波領域で発生するため低周波地震動とも。地震計の発展とともにその存在と性質が研究されるようになり、特に高層建築物が増えた近年は、防災の観点からも対策が重要となっている。
概要

地震動を観測した地震波を見ると、様々な周期の波が含まれているが、発震のエネルギー規模が大きいほど周期が長くなり(長周期、低周波)、その主成分の表面波は震源が浅いほど卓越する[1]ことが知られている。地震動のうちこのような震動成分を特に長周期地震動とよぶ。大規模地震では周期が数百秒を超える地震動(超長周期地震動)や地球自由振動も観測される[2]

現在の気象庁では防災の観点から周期が1.6 - 7.8秒の長周期地震動を観測対象としている[1]
長周期地震動の発生機序と性質

長周期地震動の原因は主に2つ考えられている。

地震の規模が巨大になるにつれて、震源域から放出される短周期の波の
振幅増大が頭打ちとなる一方で長周期の波の振幅は増大し続けるため

地震波が堆積盆地の中で変質するため

大規模地震で発生する長周期の震動

一般に考えられる断層地震では、地震波の波長は断層の滑り量(断層が動いた長さ)に応じて大きくなり、したがって大規模地震になると大きな振幅とともに長周期の地震波が発生する。この地震波は小規模の地震に比べて距離が遠いほど卓越する(他の波に比べて顕著に目立つ)性質がある。

波動は、周期が長いほど減衰しにくい特性があり、特に表面波では減衰の条件が少なく自由振動に近い性質をもつ。したがって震源からの距離が遠い場合でも長周期地震動だけが到達することが多くなる。
軟地盤構造で増幅する表面波

堆積盆地、付加体など、プレートに比べて柔らかい堆積層では長周期の表面波(レイリー波およびラブ波)の増幅が起こる。これは波動の干渉と反射、および変換が発生する性質に起因する。震源からの経路上に柔らかい堆積層があると、長周期地震動が効率的に伝わる[1]

軟地盤中の震動は固い地盤に比べ速度が遅い。極端にはマグマ溜りでは極めて遅くなる。基盤岩から堆積盆地に入ってきた地震動は速度差から干渉・増幅し長周期となる。そのため、堆積盆地の外を震源とする浅い地震において、伝播してきた地震波が堆積盆地内で強い長周期地震動を生じることが多い。なお、長周期地震動の主要成分である表面波は、加速度波形ではなく変位波形で観測されることが多い。

関東平野では周期8秒前後の表面波が卓越することが知られており、原因として基盤岩と堆積層の速度差が大きいことで関東平野におけるラブ波の基本モード(一次モード)が周期8秒前後で卓越することが考えられている。
地盤構造境界で発生する表面波

堆積盆地を通過する実体波(P波およびS波)が盆地の境界面で表面波に変換されたあと長周期に変質することが知られている。このため、堆積盆地の堆積層と基盤岩の境界付近を震源とし、断層が両者の境界面を横切った場合には、境界面にとりわけ強い表面波が生じ、強い長周期地震動が発生することが懸念されている。またこれと関連して、基盤岩と堆積層のせん断波速度(S波の速度)[3]の差(コントラスト)が大きいほど、特定の周期の表面波が卓越しやすいこと(盆地端部効果、エッジ効果)が知られている。また、堆積盆地上に発達した平野の中で、基盤岩に覆われた山地に近い辺縁部では、周囲に比べ異常とも言えるような顕著な表面波が観測されることがある。

1995年兵庫県南部地震において震災被害が顕著であった「震災の帯」地域は揺れも顕著であり、せん断波速度差の大きい六甲山地大阪平野の境界付近にあたる「震災の帯」地域で強い地震波が生じたことが原因の1つとも考えられている(同地震の被害は主に周期0.5 - 2秒の「やや短周期地震動」によるものと考えられており、長周期地震動と直接の関連はない。また断層が直下まで延びていたことも強い揺れの原因である)。
長周期地震動が建造物におよぼす影響

長周期地震動が及ぼす被害は主に、地震動の周期が地盤や建物などが構造的にもつ固有振動共振を起こし、構造物の振幅が増大することにより引き起こされる。長周期地震動は減衰しにくいため、共振が長く続いて振幅が大きくなりやすい。

長周期地震動が認識される以前にも、地震動と建造物の固有周期の関係は認識されており、関東大震災以降には耐震性構造に関する柔剛論争があった。しかし中低層構造建築が主流であり、振動地震による建造物の破壊は、剛性を高めることで大部分は防ぐことができるとされ、共振による被害の発生は非常に少ないと考えられてきた。

ところが高層建築物が増え、やがて大きな地震発生時に低層建築には見られない「船に乗っているような」「酔うような」と表現される地震動が経験的に知られるようになった。そして2003年十勝沖地震で発生したスロッシング[註釈 1]による石油備蓄施設での原油火災が起き、地震で発生する長周期地震動が一般にも注目を集めるようになり、被害の研究が進んだことで、地震に強いとされてきた既設の超高層ビルに対して、今後破壊的ダメージがもたらされる懸念が出てきた。

大きな振幅で揺れる高層建築物は、大きな歪みを生じて窓枠やガラス、外壁が破損落下したり、内部の立体駐車場エレベータなどの機械の破損や機能不全を生じ、屋内の壁の亀裂や破壊、設置してある複写機や什器や家具がかなりの速度で動き周るほか、人はひとところに立っていられず、避難さえ困難になることがある。
高層建造物の固有振動数の例

高層建築が地震動で共振するような場合、これは接地面を固定端、最上階を開放端とする自由振動に近く、波動の位相が90°となる場所で振幅が最大となる。このため、低層建築物中層建築物などではほとんど揺れを感じないが、高層建築物などでは高い階に行けばいくほど揺れが強くなる。また2次の振動モードで共振するような場合は、中層階に振動の“節”が現れ震動が少なくなるということも起こる。

建造物の固有振動数は、その形状、構造、構成する物質の密度、弾性係数、支持の方法などで決まるが、高層建築では振動数が低く長周期となることが一般的である。一般的な鉄筋コンクリート造および鉄骨造では以下の式で略算が可能とされる[4]

鉄筋コンクリート造
固有周期=0.02×建物の高さ(m)

鉄骨造
固有周期=0.03×建物の高さ(m)

大阪管区気象台で想定される南海地震の卓越周期は南北方向でおよそ4.8秒とされ、これを鉄骨造階高4.5mのオフィスビル、鉄筋コンクリート造階高3.4mのマンションに当てはめると共振しやすい階高はそれぞれおよそ35階、70階となる[4]。しかし地震動には卓越周期以外のものも含まれ、略算式も線形ではなく、共振の効果は持続時間の長いものが優勢となるため簡単ではない。

シミュレーションでマグニチュード8クラスの地震が新潟県中越地方で発生したと想定し名古屋市内にあるビルの30階の揺れを再現した[誰?]ところ、1周期だけで約10mほどまで大きく揺れ、逆に短周期の場合は低層建築物に揺れが生じ、高層建築物に揺れが起きにくいという結果が得られたという。
研究の歴史長周期地震動により崩壊した高層ビル、メキシコシティ、1985年メキシコ地震において

堆積盆地(基盤岩が盆地状に凹んだ地域に厚い堆積層が溜まる地質構造。海に面しているかどうかを基準にした平野・盆地の区分とは異なり、関東平野などもこれに該当する)において周期2 - 10秒の「稍(やや)長周期地震動」や10秒以上の「長周期地震動」が卓越する現象は、高密度に強震計が設置されるようになった1970年代に世界のいくつかの場所で発見された。大阪平野京都盆地十勝平野ロサンゼルス盆地(英語)などがその例であり、地震学界の一部で認知され始めていた。

1985年のメキシコ地震において、震源から400 km離れたメキシコシティでは低層建築物の被害が目立たなかったのに対し高層建築物の倒壊や損壊が相次ぎ、パンケーキクラッシュと呼ばれるような中高層の潰れたような崩壊が見られた。当時は建物の建築基準の甘さが建物倒壊の原因だとされたが、後に、メキシコシティがかつてのテスココ湖干拓埋め立て)した市街地が大半を占めており、厚さ数十mの柔らかい堆積層が表層を覆っていたことで長周期の表面波が増幅したことが考えられ[5]、実際に周期2 - 4秒の地震波が卓越したことが確認された。これが契機となり、長周期地震動が世界の地震学で認知されるようになった。また、日本では1964年の新潟地震においてスロッシングによる石油タンクの火災が発生し当初液状化によるものと考えられていたが、1983年の日本海中部地震の際にも新潟東港でタンク貯蔵物の振動が生じ、両者とも長周期地震動が原因と考えられるようになった。

現在日本では、気象庁の95型震度計約600地点[6]防災科学技術研究所のK-net約1,000地点[7]のほか、各地の大学により強震計が設置されていて、高密度で大地震における長周期地震動のデジタル波形が収集されている。


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:64 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef