錯誤_(民法)
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民法上の錯誤とは、表意者が無意識的に意思表示を誤りその表示に対応する意思が欠けていることをいう[1]。表示上から推断される意思と真の意図との食い違いを表意者が認識していない点で心裡留保虚偽表示とは異なる[2]
概説
錯誤制度

錯誤の場合の表意者の保護と相手方の利害との調整は立法上難しい問題とされる[2]。ドイツ民法では錯誤の効果は取消しであるが、日本では明治時代の民法制定時に錯誤を無効と規定していた(2017年の改正前の民法第95条本文)[3]。日本の民法が錯誤を原則として無効とし表意者に重大な過失がある場合には自ら無効を主張できないとしている点については意思主義に傾いているという批判があった[4]。理論的にみて内心的効果意思の欠如という点では意思表示の欠陥として重大であることによるとされるが、表意者保護を目的とする点では詐欺による意思表示強迫による意思表示と同じであることからドイツ民法と同様に無効ではなく取消しを採用すべきとの指摘があった[5]。実際、日本の民法の解釈においても通説・判例は錯誤無効は取消しに近い相対的無効であると解釈されていた[6][7]。錯誤を無効としたのは制定時の立法過誤とされている[3]。また、後述のように動機の錯誤の扱いを巡って学説には対立があり、従来の錯誤の定義づけにも影響していた[8]

2017年の民法改正で錯誤の要件や効果も法改正が行われた(2020年4月施行)。
錯誤の態様

伝統的には錯誤は表示行為の錯誤と動機の錯誤に分けて分析された[9][10]。民法95条の適用される錯誤については、表示意思の有無という点から表示行為の錯誤と動機の錯誤の両者の区別を重視する二元的構成と両者の区別は民法95条の適用において本質的に違いはないとする一元的構成とがあった。ただ、実際上の問題としても両者を区別しないほうがよいとする見方が強かった[11]
表示行為の錯誤

意思決定から表示行為に至る過程において錯誤が生じることを表示行為の錯誤といい、表示上の錯誤と内容の錯誤がある[12]

なお、表示機関による錯誤(意思表示が使者などの伝達機関によって伝達された場合に本人と伝達機関との間に食い違いを生じた場合)は民法95条の錯誤となりうる(ドイツ民法120条も同旨)[13][14]
動機の錯誤

意思表示そのものではなく動機から効果意思(内心的効果意思)に至る過程において、錯誤が生じることを「動機の錯誤」あるいは「縁由の錯誤」といい、その扱いについて学説に対立が存在した[15][8]#基礎事情の錯誤についての要件を参照。
錯誤者の損害賠償責任

ドイツ民法は錯誤者の損害賠償責任について規定を置いているが、日本の民法に同旨の規定はなく、不法行為契約締結上の過失の問題として処理される[16]
日本法における錯誤.mw-parser-output .ambox{border:1px solid #a2a9b1;border-left:10px solid #36c;background-color:#fbfbfb;box-sizing:border-box}.mw-parser-output .ambox+link+.ambox,.mw-parser-output .ambox+link+style+.ambox,.mw-parser-output .ambox+link+link+.ambox,.mw-parser-output .ambox+.mw-empty-elt+link+.ambox,.mw-parser-output .ambox+.mw-empty-elt+link+style+.ambox,.mw-parser-output .ambox+.mw-empty-elt+link+link+.ambox{margin-top:-1px}html body.mediawiki .mw-parser-output .ambox.mbox-small-left{margin:4px 1em 4px 0;overflow:hidden;width:238px;border-collapse:collapse;font-size:88%;line-height:1.25em}.mw-parser-output .ambox-speedy{border-left:10px solid #b32424;background-color:#fee7e6}.mw-parser-output .ambox-delete{border-left:10px solid #b32424}.mw-parser-output .ambox-content{border-left:10px solid #f28500}.mw-parser-output .ambox-style{border-left:10px solid #fc3}.mw-parser-output .ambox-move{border-left:10px solid #9932cc}.mw-parser-output .ambox-protection{border-left:10px solid #a2a9b1}.mw-parser-output .ambox .mbox-text{border:none;padding:0.25em 0.5em;width:100%;font-size:90%}.mw-parser-output .ambox .mbox-image{border:none;padding:2px 0 2px 0.5em;text-align:center}.mw-parser-output .ambox .mbox-imageright{border:none;padding:2px 0.5em 2px 0;text-align:center}.mw-parser-output .ambox .mbox-empty-cell{border:none;padding:0;width:1px}.mw-parser-output .ambox .mbox-image-div{width:52px}html.client-js body.skin-minerva .mw-parser-output .mbox-text-span{margin-left:23px!important}@media(min-width:720px){.mw-parser-output .ambox{margin:0 10%}}

この節は特に記述がない限り、日本国内の法令について解説しています。また最新の法令改正を反映していない場合があります。ご自身が現実に遭遇した事件については法律関連の専門家にご相談ください。免責事項もお読みください。

錯誤の要件
錯誤の存在

錯誤による取消しは次のいずれかの錯誤がある場合に認められる(民法95条1項)。

意思表示に対応する意思を欠く錯誤(1号)

表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤(2号)

民法95条1項1号の意思表示に対応する意思を欠く錯誤は意思不存在型錯誤(1号錯誤)[17]、2号の表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤は基礎事情の錯誤と呼ばれている[18]

意思不存在型錯誤(1号錯誤)

意思不存在型錯誤(1号錯誤)には表示上の錯誤と内容の錯誤がある[19]

表示上の錯誤(表示の錯誤)とは、誤談(言い間違い)や誤記(書き間違い)のことである[9][20][14]。例えば契約書の購入代金の欄に「100000円」と記載したつもりが、うっかり「1000000円」と書いてしまった場合が表示上の錯誤にあたる。

内容の錯誤とは表示行為の意義についての誤りである[14]。契約書の購入代金の欄に「100ドル」と書くべきだったのに1ドルと1ポンドは同じ価値だと誤信していたため「100ポンド」と書いてしまった場合がその例である。


基礎事情の錯誤(2号錯誤)

基礎事情の錯誤(2号錯誤)には性状の錯誤(目的物の品質や性能などに関する勘違い)とその他の動機の錯誤がある[21]


錯誤の重大性

1号錯誤・2号錯誤共通の要件として、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであることを要する(民法95条1項)[22]

改正前の民法95条は錯誤無効の要件として「法律行為の要素に錯誤があったとき」と規定しており、要素の錯誤であることを要するとしていた(95条本文)。要素の錯誤とは具体的には錯誤がなければ法律行為をしなかったであろうと考えられる場合で(因果関係の側面、主観的因果性)、かつ、取引通念に照らして錯誤がなければ意思表示をしなかったであろう場合(重要性の側面、客観的重要性)を指すとされていた(通説・判例。判例として大判大7・10・3民録24輯1852頁)[23][24][25][26]

しかし、改正前の民法95条の文言と判例の主観的因果性と客観的重要性の要件は必ずしも一致しないといわれていた[26]。2017年に改正された民法では、判例の主観的因果性の要件について「意思表示が錯誤に基づくものであること」、判例の客観的重要性の要件について「錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであること」として明確化された[26]

なお、要素の錯誤は法律行為ごとに個別具体的に判断されていたが[27]、講学上は人についての錯誤(意思表示の相手方そのものの錯誤(人違い)や人の身分や資産についての錯誤)、目的についての錯誤(取引の目的の同一性・性状・来歴に関する錯誤)、法律・法律状態についての錯誤などに類型化して分析されていた[28][11][13]
基礎事情の錯誤についての要件

基礎事情の錯誤(2号錯誤)の場合は、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、取り消すことができる(民法95条2項)[22]

2017年の民法改正により、従来の動機の錯誤は基礎事情の錯誤の規定が適用される限りで救済されることとなった[18]


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