銀二貫
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銀二貫
著者田郁
発行日2009年6月10日
発行元幻冬舎
ジャンル時代小説
日本
言語日本語
形態上製本
ページ数296
公式サイトwww.gentosha.co.jp
コードISBN 978-4344016835
ISBN 978-4344415324幻冬舎文庫判)

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『銀二貫』(ぎんにかん)は、田郁による日本時代小説2008年の第2回日経小説大賞にて最終候補作品となり[1]、翌2009年6月10日幻冬舎より刊行された。父を仇討ちで亡くし、大坂天満寒天問屋の主人にと引き換えに命を救われた武士の子が、商人として成長する姿を描いた人情劇。

大阪の書店員らが大阪ゆかりの小説の中から「ほんまに読んでほしい」本を選ぶ「Osaka Book One Project[注 1]」の第1回(2013年)受賞作品[2]

2014年4月よりNHK総合テレビ木曜時代劇枠にてテレビドラマ化された[3]。また、2015年11月に宝塚歌劇団により『銀二貫 -梅が枝の花かんざし-』と題して舞台化、2017年6月に松竹により舞台化された[4]
あらすじ
第1章:仇討ち買い
安永7年(1778年睦月大坂寒天問屋「井川屋」主人和助は、建部玄武が彦坂数馬を仇討ちしようとする場面に遭遇する。数馬は玄武に斬られて瀕死の重傷を負い、10歳になるその子鶴乃輔が玄武から数馬を守ろうとしていた。和助は、前年師走の19日の大火で焼失した天満天神宮への寄進のために都合した2[注 2]を玄武に渡し、代わりに仇討ちを断念させる。数馬は亡くなったが、鶴乃輔は井川屋に寒天を納めている美濃志摩屋で1か月の修行をした後、井川屋の丁稚松吉として新しい人生を送ることとなる。
第2章:商人の矜持
12歳になった松吉は、取引先の乾物商、山城屋に「井川屋は高級料理屋浮舟にだけ上質の伊豆の寒天を卸し、小商いの自分たちをないがしろにしている」と嫌みを言われる。松吉の弁明を聞いて、山城屋は納得してくれたが、間もなく大店の乾物商松葉屋も、同じ理由で取引停止を通達してくる。井川屋では、山城屋夫婦の協力により、浮舟が産地偽装を行なっていることをつかみ、取引停止を言い渡す。浮舟の主に代わって謝罪する板長の嘉平に、和助は「主人の間違いを諫めるのも奉公人の務めだ」と諭す。井川屋番頭善次郎に真相を聞いた松葉屋も、和助に謝罪し、取引再開を求めてくる。
第3章:真帆
松吉は15歳になり、井川屋で働くようになって5年たったが、信心深い善次郎は、未だに天満宮に寄進するはずだった銀2貫で松吉が買い取られたことに納得できず、何かにつけて松吉に嫌みをぶつけていた。そんな中、松吉は浮舟の元板長で、「真帆屋」という料理屋を開いた嘉平と再会する。その娘で、すっかり松吉を気に入ってままごと遊びなどに誘う真帆は、未だ寒天の味わいや価値を理解できずにいた松吉の悩みを読み取り、嘉平に助力を願った。その意を汲んだ嘉平は、松吉に寒天を使った料理を食べさせて目を開かせてくれる。真帆と嘉平の優しさに触れた松吉は、ぽたぽたと涙を流す。
第4章:同月同日の大火
井川屋の寒天を使った嘉平の料理「琥珀寒」は、大坂の町で評判となる。しかし、嘉平はなおも新しい料理を模索していた。そして、松吉に「茹でて蒸した里芋を固められるほどの、今の倍の腰のある寒天ができたら、料理の幅が広がる」とつぶやく。だが、6年前の大火と同じ師走19日、再び大坂を大火が襲う。そして、嘉平の店は跡形もなく焼けてしまい、嘉平や真帆を始め、他の家族・奉公人の行方も不明となってしまう。善次郎は、前回の大火と同月同日に井川屋の上得意が不幸にあったのは、自分たちが銀2貫を寄進しなかったためであり、ひいては松吉のせいだと言う。善次郎をたしなめた和助だったが、松吉には、善次郎が若い頃に大火で奉公先を失ったことを教え、彼のつらい仕打ちに耐えて欲しいと願う。松吉は連日真帆たちの行方を求めて船越町をさまよい、善次郎もそれに対して何も言わなかったが、やがて焼け跡に新しい家が建ち始めると、松吉はついに捜索をあきらめた。
第5章:再会
天明6年(1786年)、被災から9年たって、ようやく天満宮の社殿が再建される。師走19日に、4人で天満宮に詣でた井川屋の面々は、頭から手拭いをかぶった真帆に似た少女と、その子を「おてつ」と呼んで、半狂乱になって探し当て、背負って連れ帰った中年女を見かける。天明8年(1788年如月1日、今度は京都を大火が襲う。松吉が美濃志摩屋の安否確認に派遣されるが、七条にあった店は全焼していた。焼け跡で、寒天場で1か月過ごしたときに良くしてくれた半兵衛と出会い、主人一家や奉公人は無事だと聞かされたが、美濃志摩屋の財産はすべて灰になり、寒天場も被災者に踏み荒らされたか、見る影もなかった。そのため、美濃志摩屋の主人はすっかり意気消沈しているという。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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