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Railway Journal
愛称・略称RJ
ジャンル鉄道趣味誌
刊行頻度月刊
発売国 日本
言語日本語
出版社成美堂出版
編集部名鉄道ジャーナル社
編集長宮原正和(2007年3月 - )
ISSN0288-2337
雑誌名コード16499
刊行期間1967年 -
ウェブサイトhttps://www.rjnet.jp/
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『鉄道ジャーナル』(てつどうジャーナル、英: Railway Journal)は、東京都千代田区に本社を置く株式会社鉄道ジャーナル社(てつどうジャーナルしゃ)が編集・発行し、成美堂出版が発売する日本の月刊鉄道趣味雑誌のひとつである。1967年(昭和42年)創刊。
本項では発行元の鉄道ジャーナル社についても記述する。創刊直後より、鉄道ジャーナル社にて編集・発行・発売を一貫して手がけていたが、2010年1月刊行の2010年3月号(通巻521号)より発売業務を中堅出版会社の成美堂出版へ移行。雑誌コードも変更となった。「竹島紀元」も参照 それまで発行されていた鉄道雑誌が、鉄道車両や鉄道模型を中心とした趣味的な視点から編集を行っているのに対し、「ジャーナル」の誌名どおり「鉄道の将来を考える専門情報誌」を標榜し、交通政策そのものを含めた社会事情や経済的・政治的な視点から鉄道を客観的に見る記事で構成されている。「列車追跡シリーズ」という列車の乗車レポート記事を看板に、鉄道の利用実態に関わる現状を詳細にレポートしている。その他、鉄道の現場をレポートする記事に関しても、他の鉄道雑誌に比べると積極的である。 また鉄道だけにとどまらず、航空機やバスなど、他の公共交通機関に関する記事もいち早く誌面に盛り込んだ点も画期的な取り組みであった。 鉄道ファンによる鉄道撮影への欲求の無闇な過熱を抑えたい、また「鉄道を考える」ことを第一としたいという理由から、読者からの要望の高い臨時列車のダイヤや撮影地紹介といった鉄道撮影情報をあえて掲載しないという編集方針を取っている[1]。 1967年の創刊号の表紙は国鉄EF90形電気機関車と長野電鉄0系電車(OSカー)である。当初は東亜企画により季刊誌として発売されていたが、同年発行の3号より鉄道記録映画社(現:鉄道ジャーナル社)に引き継がれ、同時に月刊化されている。創刊初期には、大学・高校の鉄道研究部有志が社外スタッフとして関わっている。その経験から自ら鉄道雑誌を立ち上げた者(『とれいん』の松本謙一・平井憲太郎、『レイルマガジン』『RM MODELS』の笹本健次)もいる。 SLブームの最中であった1970年代初期には、すでに特急列車やブルートレインを取り上げ、1970年代後半の「ブルトレブーム」を先取りしたその先見性は多くの読者の支持を得た。 その一方で、1970年代後半になると航空機の発展、モータリゼーションの進展等により鉄道利用者が減少し続け、総合交通体系から鉄道の特性を見つけるべきとの観点から、1980年1月号では特集「鉄道は航空機と共存できるか」を組み、表紙に「ジャンボジェット」の愛称で航空大量輸送時代の象徴となった大型旅客機ボーイング747の写真を掲載した。同年10月号では路面電車特集を組んだ。1984年1月号では、日本国有鉄道(国鉄)須田ェ常務理事と日本航空 (JAL) 利光松男常務取締役(肩書は当時)のビッグ対談を実現させている。 また1980年代からはバスに関する情報も取り上げるようになった。1980年11月号では「鉄道と自動車」の特集を組み、和田由貴夫(現:ぽると出版社長、『バスラマ・インターナショナル』編集長)による長距離バスに関する記事を掲載。座談会「共存こそ鉄道とバスの生きる道」や、長野電鉄の電車とバス両方にまたがる記事なども掲載した。さらに1984年には、バスに関する情報を取り上げる「BUS CORNER」を連載開始。毎号3ページを充てており、バス研究第一人者の鈴木文彦が手がけている。『バスラマ・インターナショナル』などのバス雑誌がまだ刊行されていなかった時代には、同誌の誌面がバス趣味に関する情報を収集する貴重な手段であった。詳細は「バスファン」を参照 1985年頃になると国鉄分割民営化が大きな社会問題となったため、分割民営化に関する問題などを逐次伝え、JR発足後はJR各社の状況を特集した。JR発足直後から1990年代前半まではバブル景気もあってJR各社の輸送人員が増加したこともあり「鉄道復権」を頻繁に特集するなど、その編集方針は多くの読者から評価された。なお、読者投稿欄「タブレット」(#主なコーナー参照)で、国鉄末期から分割民営化の時期にかけて、JR東海の初代社長を務めた須田寛が投稿への回答を寄せていたことがあった(詳細は須田ェ#特記事項を参照)。 この節は中立的な観点に基づく疑問が提出されているか、議論中です。そのため、中立的でない偏った観点から記事が構成されているおそれがあり、場合によっては記事の修正が必要です。議論はノートを参照してください。(2019年12月) しかし、2000年代に入ると、それまでよりも@media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}鉄道趣味的寄りな論調[独自研究?]が増えたこと、2001年8月号における竹島社長兼編集長の歴史見解に関する騒動[要説明][注釈 1]が起きるなど、掲載内容や質の変化が目立つようになってきた。 同誌で長年ライターとして活動していた種村直樹による「レイルウェイ・レビュー」といったオピニオン記事や、マスコミによる鉄道記事を独自の視点で分析する「鉄道記事ざっくばらん」という記事があったが、いずれも2006年7月号で終了し、種村との契約を解除している。「読者論壇」コーナーも廃止された。2007年には編集長を専任者の宮原正和へ交代し、竹島は社長に専念した。
概要
歴史
創刊から1990年代まで
2000年代以降
主なコーナー
列車追跡
鉄道ジャーナルを特徴づける看板記事の一つ。毎月1 - 2つの列車を取り上げてその乗車ルポから問題点までを取材する。また過去の列車追跡のリバイバル版を載せた別冊が発売されている。
地方鉄道レポート
地方のローカル線を特集し、現況や問題点、改善策などを検討していく。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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