鈴木庸介
[Wikipedia|▼Menu]

日本政治家鈴木 庸介すずき ようすけ
2022年12月、内閣総理大臣官邸にて
生年月日 (1975-11-21) 1975年11月21日(48歳)
出生地 日本 東京都豊島区北大塚
出身校立教大学経済学部卒業
コロンビア大学院修了
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス修了
前職NHK記者
所属政党(民主党→)
民進党→)
旧立憲民主党→)
立憲民主党
公式サイトYosuke Suzuki Official Site
衆議院議員
選挙区比例東京ブロック東京10区
当選回数1回
在任期間2021年11月5日[1] - 現職
テンプレートを表示

鈴木 庸介(すずき ようすけ、1975年(昭和50年)11月21日 - )は、日本政治家立憲民主党所属の衆議院議員(1期)。
来歴

東京都豊島区北大塚出身。豊島区立西巣鴨小学校卒業。

立教大学経済学部在学中、レスリング部キャプテン。

学生時代にボスニア・ヘルツェゴビナアフガニスタンパレスチナなどをまわり、戦争の理不尽に政治家を志す。特にルワンダの地下墓地で向き合った腐敗した子供の頭部が、心に"痛み以上の覚悟"をもたらしたと語っている。大学卒業後、NHKに記者として入局[2]

NHKでは主に事件記者としてオウム真理教事件北朝鮮による北朝鮮による日本人拉致事件などを担当。

2007年にNHK退職後、コロンビア大学大学院で黒人初のニューヨーク市長デイヴィッド・ディンキンズ教授に師事、その後ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに転籍。

MPA(行政学修士号)を2つ持つ。
政界へ

帰国後、なにもかもうまくいかず、3年間のニート生活。

その後、地元豊島区で外国人向けシェアハウスの会社や飲食店を起業。立教大学経済学部兼任講師や国交省の観光アドバイザーを経て2015年12月、民主党東京10区支部長に就任[3][4]

2016年10月、小池百合子衆議院議員の東京都知事転出に伴う、衆議院東京10区補欠選挙民進党公認で立候補したが自由民主党公認の若狭勝に敗れ落選。

2017年9月28日、民進党は第48回衆議院議員総選挙に向け、公認候補を擁立せず、小池率いる希望の党に合流する方針を決定[5]。10月1日、鈴木は「小池さんの『排除の理論』が許せない。政治家として尊敬してきたが、私は誰1人置いていかない、誰もが居場所のある社会を作りたい」「やはり、若狭さんと戦いたい」などと述べ、無所属でも東京10区から立候補する意向を示した[6]。10月2日、民進党代表代行(当時)の枝野幸男が新党立憲民主党を立ち上げる意向を表明すると[7]、同日に鈴木は同じ都内の民進党支部長である松尾明弘吉田晴美らと記者会見を行い、立憲民主党から立候補する意向を表明した[8]

同年10月22日、投開票の結果、若狭の得票数こそ上回ったものの、自民党が若狭への刺客として擁立した鈴木隼人に次点で敗れ、重複立候補していた比例東京ブロックでも次々点で落選した。
国会議員として

2021年10月の第49回衆議院議員総選挙に再び東京10区から立憲民主党公認で立候補し、鈴木隼人に敗れるも比例復活で初当選した[9][10]枝野幸男代表の辞任に伴う代表選挙(11月30日実施)では小川淳也の推薦人に名を連ねた[11]


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:47 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef