金正男暗殺事件
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金正男暗殺事件
金正男が暗殺された現場であるKLIA2の出発ホール(2016年撮影)
場所 マレーシア セランゴール州セパン
クアラルンプール国際空港第2ターミナル(KLIA2)
日付2017年2月13日 (2017-02-13)
標的金正男
武器VX
有罪判決「危険な武器や手段によって故意に傷害を負わせた罪」でベトナム人女性に有罪判決
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金正男暗殺事件(キム・ジョンナムあんさつじけん)は、2017年2月13日マレーシアクアラルンプール国際空港金正男北朝鮮の第2代最高指導者金正日の長男)が顔面に神経剤VX」を塗られ毒殺された事件[1]
暗殺

金正男は2017年2月6日にマレーシアに到着し、2月8日にはリゾート地として知られるランカウイ島を訪れていた[2][3]。2017年2月13日、金正男はマカオ行きのエアアジア便(午前10時50分発)に搭乗するため、クアラルンプール国際空港のLCC専用ターミナル (KLIA2)の3階出発ホールを訪れた[4][5]

午前9時00分頃、自動チェックイン機の前に立っていた金正男は突然2人の女性から襲撃され、猛毒の神経剤「VX」を顔に塗られた[6][7][8][nb 1]マレーシア警察によれば、金正男は攻撃を受けた後、空港の受付スタッフに対して「誰かが背後から掴みかかり、顔に液体をかけられた」こと、および1人の女が「液体を含んだ布を顔に被せてきた」ことを報告していた[13][14]。金正男はその後、自ら歩いてKLIA2内の「ムナラ・メディカル・クリニック」に向かい、治療を受けた[15][16]。治療にあたった医師の証言によれば、この時の金正男は大量の汗をかき、顔の痛みを訴えており、クリニックに入って間も無く痙攣を起こして意識を失い、口から血や泡を吹いた[15][17][18]。金正男には気管挿管が行われ、1ミリグラムのアトロピンおよびアドレナリンが投与されたほか、口の中から唾液や血液、嘔吐物を吸引して取り除く必要があった[19]

その後、空港内の診療所では救命ができないと判断され、金正男は蘇生装置を顔に取り付けられた状態で担架に乗せられ、空港の関係者専用エリアを通して救急車に運ばれた[18][20]。しかし、金正男はプトラジャヤ病院へ搬送される途中に救急車の中で心肺停止状態となり、午前11時に病院で死亡が確認された[7][18][21][22]。金正男は「キム・チョル」という偽名を使用して旅行していたため、マレーシア当局が死亡した男性を金正男と特定するまでには時間がかかった[12][23]。死亡時、金正男はバックパックに10万ドル余りの現金を入れていたほか、キム・チョル名義の北朝鮮国籍のパスポートを4つ所持していた[24][25]。遺体の瞳孔が固まり縮んでいるという不審な点が医師から警察に伝えられ、金正男が残した言葉や医師の報告をもとにマレーシア警察は殺人容疑で捜査に乗り出し、事件番号は「2017年2798号」とされた[18]
捜査と逮捕

2017年2月15日、マレーシア警察は実行犯の1人としてベトナム人の28歳女ドアン・ティ・フォン[26](以下「A」)を逮捕した[27]。Aは空港の監視カメラの映像により実行犯と特定された[28]。2月16日、インドネシア人の25歳女シティ・アイシャ[29](以下「B」)が2人目の実行犯として逮捕された[30]。同日にはBの交際相手であるマレーシア人の26歳男性も事件に関連して逮捕されたが[24][31]、2月24日までに釈放された[32]。2月17日、北朝鮮人の46歳男性が4人目の容疑者として逮捕された[33][34]。この男性はマレーシア在住でトンボ・エンタープライズ (Tombo Enterprise)という企業の従業員であるとされた[35]

逮捕されたAは警察に対し、自分とBは他の4人の男と共に旅行中であったこと、KLIA2に到着した直後、Bがハンカチでターゲットの顔を覆っている間に何らかの液体をかけるよう4人の男から指示されたこと、一連の行為は「いたずら」であると説明されていたことなどを供述した[36]。空港の監視カメラには、AとBが金正男を襲撃した後、別々のトイレに急いで向かった様子と[nb 2]、トイレを出た2人が空港のタクシー乗り場に向かった様子が映し出されていた[38]。Aは事件当日の午前9時30分頃にタクシーに乗り込み、空港を去った[39]

2月19日、マレーシア警察は暗殺事件の容疑者として国外にいる4人の北朝鮮人男性を指名手配した[40]。4人はそれぞれ33歳、34歳、55歳、57歳であり、全員が事件当日にマレーシアを出国していた[41][42]。4人の身柄を確保するため、マレーシア警察は国際刑事警察機構(インターポール)をはじめとする外部機関の協力を要請した[41]。匿名の情報筋によれば、4人の容疑者はマレーシアを出国後ジャカルタ、ドバイ、ウラジオストクなどを経由して平壌に帰還した[43][44]。4人のほかにも、マレーシア警察は国内にいる3人の北朝鮮人男性(高麗航空の従業員、北朝鮮大使館の二等書記官を含む)の行方を追っていた[45][46]。3人はマレーシアの北朝鮮大使館に逃げ込んだが、最終的に嫌疑が晴れたとして平壌に帰還することを許された[47][48][49]

2月22日、マレーシア警察長官カリド・アブバカル(英語版)は金正男の殺害が「計画的な行動」であって、逮捕された2人の女性は暗殺を実行するために訓練されており、クアラルンプールの各所で繰り返しリハーサルを行っていたと述べた[46]。アブバカルはさらに、2人は毒劇物を取り扱っていることを知っていたように見えると主張した[46]。2月23日、北朝鮮政府は事件への関与を否定する声明を出し、マレーシア当局は韓国と共謀して「証拠を捏造」していると非難した上で、勾留されているAとBおよび北朝鮮人の男性を解放するよう要求した[50]。北朝鮮当局者は死亡した自国の男性が金正男であることを認めず、男性の死因も毒物ではなく心臓発作である可能性が高いと述べた[51]

2月28日 AとBは殺人罪で起訴され、有罪となった場合マレーシアの法律上自動的に死刑が適用されることとなった[52][53]。3月3日、マレーシア当局により逮捕勾留されていた北朝鮮人の46歳男性が証拠不十分で釈放され、国外退去処分となった[54]。釈放後、男性はメディアに対し、マレーシア警察から罪を認めなければ家族に危害を与えると脅迫されたと主張した上で、自分が逮捕されたのは「陰謀」の一部であると述べた[55][56]。他方、マレーシア警察は男性による主張を断固として否定した[57][58]。3月16日、インターポールは平壌に逃亡した4人の北朝鮮人を国際指名手配したが[59]、北朝鮮高官の話によれば、4人は帰国後情報漏洩を防ぐため直ちに金正恩の命令で抹殺されたという[60]

マレーシア警察の捜査員によれば、金正男は暗殺の6カ月前、日本人の友人に対して「私の命が狙われている」と話していた[61][62]。複数の専門家が、金正男の暗殺は異母弟である北朝鮮の最高指導者金正恩が指令したものである可能性が高いと指摘している[63][64][65]
検死

2017年2月15日、クアラルンプール病院(英語版)の遺体安置所で金正男の検死(解剖)が実施された[66]。検死当日、病院には数人の北朝鮮政府関係者が訪れており[66]、金正男の遺体にそのような措置を行われることに反対していた[28]。マレーシア当局はのちにコメントを出し、解剖が実行に移されたのは北朝鮮側が正式な異議申し立てを怠った結果であると述べた[31]。検死を担当した病理医は、金正男の肺、脳、肝臓および脾臓が毒物によるダメージを受けていたと証言した[67]。また別の病理医は、金正男の尿から毒物の痕跡が検出されたと証言したほか[67]、血中コリンエステラーゼ濃度の低さは神経剤もしくは殺虫剤に被曝したことを示唆していると述べた[19][68]。マレーシア警察は2017年2月24日、解剖後に行われた検査の結果、金正男の顔面部から猛毒の神経剤「VX」が検出されたと発表した[10]

専門家によれば、VXはバイナリー兵器として用いられる場合があり[69][70]、金正男は2人の攻撃者からVXの前駆体となる2種類以上の化学物質を塗りつけられた可能性がある[9]。バイナリー兵器による暗殺では、攻撃者自身が毒物によって死亡することを避けることができる上に、前駆体となる化学物質を別々にマレーシアに持ち込むことで、当局が毒物の持ち込みを発見しにくくなるという利点があることが指摘されている[9][69][71]。一方で、容疑者の1人であるBは攻撃実行後にタクシーの中で嘔吐したこと、その後も気分が悪い状態が続いたことを報告している[21]

2017年3月10日、マレーシア警察による検死の手続きが完了し、長男の金漢率から提供されたDNAサンプルによる検査の結果、遺体は金正男のものであると正式に確認された[72]。その後、金正男の遺体はマレーシア保健省(英語版)に引き渡された[73]。マレーシア保健省は、遺体を2?3週間保存するためにエンバーミングを行った上で、その間金正男の遺族に遺体を引き取る猶予を与えると発表したが[74][75]、遺族は引き取りを断り、マレーシア当局に遺体の処遇を委ねた[76]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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