金工
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ヨーロッパでは古来、村や街にblacksmith(日本語で言う鍛冶屋)がいて、農具刃物カウベル蹄鉄馬車の部品、鉄製家具(金属製家具(英語版))、装飾看板 等々等々、伝統的な形状のものでも、また即興的に思いついた形のものでも、実に多種多様なものを、鉄(や他の金属)を加工して自在に作る。ウズベキスタンブハラの職人が金属板にタガネハンマーで細工をほどこしているところ(2014年)
トーチでの鋼管の切断(2006年、米国)砂型鋳造による鋳物づくり。砂で作ったメス型に、熱して溶かした鉄を流し込んでいる。(米国デトロイトのフォード工場、1973年)金属棒を旋盤で削っているところ。(2004年、米国海兵隊)金属板を、数値制御プラズマカッターで切りぬいているところ(動画)

金属加工(きんぞくかこう、: metal working)とは、金属材料にほどこす加工である。

金属加工は木工(木材加工)や石工(石材加工)などと対比される。
概説

金属加工には数千年以上の歴史があり、歴史的起源は様々な文化や文明に遡ることができる。金属加工は、太古の昔の金の発見とともに始まった、と考える人もいる。またその歴史は、さまざまな鉱石精錬法の発見とともに展開したともされており、それで得られるようになった金属という材料の持つ展性や延性などといった特性を活かしつつ、道具装飾品などに加工してきた歴史である。現代では金属加工というのは、科学でもあり、技能でもあり、また趣味として行われる場合もあれば、産業として行われる場合もある。→#歴史

ひとくちに金属加工と言っても、そのスケールは様々であり、大きなものではたとえばの製造・加工といったようなものから、中程度ではたとえばブロンズ像銅像)の制作、自動車シャシやボディの製造、精巧なエンジン部品の加工・製作、アルミサッシの製造、金属製の製造、小さなものでは指輪ペンダント等々の装身具の製作やリフォーム、マイクロネジの製造、などといったものもある。そして各領域ごとの独特の技能工程道具がある。例えば中世の(またその伝統を受け継ぐ近・現代の)熟練の刀鍛冶ふいごなどを用い玉鋼を鍛錬し成形し、焼入れ焼もどし焼なましなどの一連の熱処理を行い、研師はその刃をとぎ、また例えば近・現代のジュエリー工房では職人プラチナ等々の合金をガスバーナーやすりペンチはんだごてなどといった道具を用いて、美的感覚に配慮した細かな加工を手作業で行い、一方で現代の自動車工場では自動化された製造ラインの中で、毎日大量に、ロール状の鋼板を巨大なプレス機械に送り込み数千トンもの圧力で打ち抜いたり成形するなどして自動車のボディーのパーツを作り溶接ロボットにそれをつなぎ合わせる作業をさせていたり、また例えば精密な金属部品加工を行う工場や研究所等では工員エンジニア研究員などが、ただひとつの部品を作るために、コンピュータで数値制御された工作機械を用いて、切削ビットを自動交換させつつ、アルミのブロックを削る、といったように、ひとつひとつの領域ごとに、さまざまな技能・工程・道具で金属加工がおこなわれているのである。→#職人・専門家#分類
歴史
先史時代

金属加工は先史時代にまで遡る。金属加工がいつどこで始まったのか正確にはわかっていない。最初期のテクノロジーは一時的で局所的なもので、長期に渡って証拠を残せるような規模ではなかった。金属に関する重要な進歩は、と金属を結びつけたことだった。誰がいつどこでそれを実行したのかは不明だが、古代エジプト文明は金を扱うようになった最初の文明の1つとされている。

金属を扱うのに常に火を必要としたわけではない。アイザック・アシモフは「最初の金属」はだったのではないかと考えた[1]。その根拠は、金が化学的に安定していて純金の塊として見つかることが多いという点である。言い換えれば、金は希少なものではあるが、見つかるときは事実上常に金属の形で見つかる。他の金属は隕石などでない限り、金属そのままの形で自然界に産することはめったにない。金以外のほとんどの金属は鉱石鉱物を含む岩石の形で存在しており、そこから金属を取り出すにはを加えるなどの工程を必要とする。金の別の特徴は、金の塊を見つけるには特別なテクノロジーが不要で目さえあればよく、それを加工するのも金床ハンマーがあればよいという点である。テクノロジーとしては石のハンマーと石の金床で十分だった。これは金の持つ可鍛性と延性のおかげである。先史時代の道具は石や骨や木で出来ており、そういった道具でも金を加工するのに十分だった。

ある時点で鉱石に熱を加えれば金属を取り出せることが判明し、スズを多く含む岩石に需要が生じるようになった。それらの鉱石は発見されればどこであっても採掘された。古代の鉱山の痕跡は中東の至るところで見つかっている[2]南アジアメヘルガルでは、紀元前7000年から紀元前3300年にかけて金属加工が行われていた[3]。金属加工は紀元前6000年ごろ、中東で銅の精錬が一般化したことで本格化した。
古代人の7種の金属

古代人は7種類の金属を知っていた。以下にそれらを酸化還元電位の低いほうから順に挙げる。

: -1.50

: -0.80

水銀: -0.79

: -0.34

: +0.13

: +0.14

: +0.44

酸化還元電位が低いほど鉱石から金属を取り出し易く、高いほど難しいので、金属加工の歴史を考える上で重要である。見ての通り、金の酸化還元電位は極めて低く、鉄の酸化還元電位は他に比べてずっと高い。金がそのままの形で産することが多いのも、酸化還元電位が低いおかげである。金塊は純金に近く、そのまま加工することができる。

紀元前3000年頃に作られたと推定されている、にぎり部分がを加工してできている、古代エジプトファラオの儀式用のナイフ。

紀元前2200?1700年ころに加工されたと推定されている、金製の品物。

ミケーネの遺跡で見つかったアガメムノンのマスク。(紀元前1550?1500年ころに制作)

トトメス3世(紀元前1479年 - 1425年ころ在位)の時代のサンダル腕輪

「ツタンカーメンの黄金マスク(英語版)」。黄金を材料にしてつくられている。(紀元前1323年)


アナトリアの銀のパテラ(英語版)(紀元前2300-2000年ころ)

プスセンネス1世(紀元前1039 - 991年ころ在位)の墓から見つかった葬儀用杯。左が銀製。中央が銀と金。右が金製。

銀の器。鳥の模様を加工。紀元前5世紀ころ。

古代ギリシアのテトラドラクマ。(写真は紀元前454-404年ころのもの)

本体が銀製で把手が青銅製の水差し(紀元前400年ころ)


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