野生動物管理
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野生動物管理(やせいどうぶつかんり)または野生動物管理学(やせいどうぶつかんりがく、: Wildlife Management)とは、野生動物と人間の軋轢を解消し、共存を実現するための試みのこと。生物学の応用的な研究分野の一つでもある。
概要

資源として見た場合、野生動物は鉱物や石油などの天然資源と異なり、絶滅さえしなければ再生可能な資源とされる[1][注釈 1]。よって、適切な管理により野生動物の保全と利用を両立することが理論上可能である。また、野生動物管理は生物の絶滅を防ぐという目的だけでなく、鳥獣被害や外来種問題などの野生動物と人間との軋轢を調整することも対象としている。そのためには、野生動物の分布行動個体数、生物間の相互作用を研究する自然科学のほか、政策や環境教育などの社会科学的取り組みが必要となる。

野生動物管理に関する知識と技術を有する専門家は野生動物管理者(ワイルドライフマネージャー)と呼ばれる。しかし、実際の現場では、野生動物や自然環境に関係する研究者公務員、民間企業・団体、獣医師狩猟者(ハンター)が部分的に携わることが多い。
定義

野生動物管理の実態は名称の誤解しやすさもあって理解されていないといわれている[3]。「管理(management)」という用語には一般に“支配”や“統制”という意味もあるが、野生動物管理では“巧みに対処する”や“上手に付き合う”という意味合いをもたせている[4]。「管理(management)」と類似した意味を持つ言葉として、「保全(conservation)」や「保護(protection)」、「保存(preservation)」があり、保全は持続的利用を前提にするが、保護や保存は利用自体を前提にはしていないという違いがあるものの、管理を含めて混同して扱われており整理はされていない[5]。現代の野生動物管理は、手つかずの原生自然に生息する野生動物は保護し、人の手が入りバランスの乱れた野生動物は保全し、破壊され消失した野生動物は復元・再生するという、生態系全体を考慮して臨機応変に対処する複合的な分野となっている。価値観に注目して野生動物管理を「人間と野生動物、生息地の相互関係に意図的に影響を与え、利害関係者にとって価値のある効果を達成するための意思決定プロセスと実践のガイドライン」と定義する意見もある[6]

日本ではwildlife managementを野生動物管理ではなく野生動物保護管理と和訳することがあり、行政用語でとくに用いられる[5][注釈 2]。「野生動物保護管理」という用語が最初に使われ始めた時期ははっきりしていない[8][注釈 3]。単純に「管理」と訳さない理由としては、保護と管理が対立概念として認識される中で、「管理」という言葉の印象の悪さが影響しているとされる[8]。また、駆除などの個体数調整ばかりが強調されがちな日本の風潮を考慮し原義を意識して和訳せずにワイルドライフ・マネジメントと表記される場合も見受けられる[9][注釈 4]。こうした和訳の難しさも誤解と混乱を生み出す要因となり、日本では2000年代になっても一般に正しく認知されているとはいえない用語となっている[8]
歴史
乱獲と絶滅入植者の乱獲により発見から2世紀も経たずして絶滅したドードー

人類は歴史の中で野生動物を含めた自然資源を常に利用してきた。とくに17世紀から世界規模の戦争が勃発した20世紀前半までの人類は経済発展の名のもとに自然環境を開発し、自然資源を大量に浪費していった。この時代の人間社会は、自然資源は無尽蔵に存在し、枯渇・消失することはまず有り得ないと認識していた[11]。そうした人間中心的な思想のもと乱開発や乱獲が相次いで行われた結果、自然環境は荒廃し公害が発生した。野生動物にも影響はおよび、多くの野生動物が数を減らし、なかには絶滅したものもいた。食用や毛皮目的の狩猟による乱獲や有害駆除などの理由で17世紀後半にはドードーオーロックス、18世紀にはステラーダイカイギュウ、19世紀にはクアッガオオウミガラス、20世紀初めにはリョコウバトニホンオオカミフクロオオカミなどが次々と絶滅した。
狩猟管理学の誕生

20世紀前半に野生動物の絶滅に代表される自然環境破壊が問題視されるようになると、野生動物を含めた資源を維持しようとする思想が生まれ始めた。アメリカ合衆国農務省林野局の初代長官ギフォード・ピンショーは適切な利用のための保護を意味する「保全(conservation)」という言葉を造り出し、当時の森林利用の在り方に一石を投じた[12]。この考えはハンターでもあった第26代アメリカ大統領セオドア・ルーズベルトの賢明な利用(英語版)という持続的な資源利用を進める政治的動きに内包され、森林だけでなく狩猟などの野生動物の利用にも影響を与えた[13]。野生動物管理が科学としての基盤を形成したのは、このピンショーのもとで働いていたアルド・レオポルドが1933年に著した『Game Management』でのことである[12]。彼は狩猟動物の安定的な利用のために猟期や猟区などの設定、禁猟や保護などの施策を体系化し、環境収容力といった生態学の概念も加えて新たな応用科学を創り上げた[12]。レオポルドが提唱した「管理(management)」という概念は狩猟動物を対象としたものであったが、1937年にアメリカ野生動物学会により創刊された学術誌『Journal of Wildlife Management』では、野生動物管理は狩猟動物のみを対象としたものではないと明言された[14]。しかし、この時点では狩猟動物管理の概念がさまざまな野生生物に広がっていくことはなかった[14]
主義・思想の激動期

科学的な野生動物管理がアメリカで初めて提唱された1930年代から数十年間、世界中ではなおも乱獲される野生動物もいれば、手厚く保護される野生動物も存在した。さらに、持続的な野生動物の利用を前提とした「保全」や「管理」と、原生自然に生きる野生動物を人間の利用から守る「保護」や「保存」が対立するようになり始めた[15]。自然保護団体シエラクラブの創設者であるジョン・ミューア精神主義神秘主義のもと野生動物の「保存」を推し進めた[12]。ときに情緒的で感情論に終始する場合もある「保護」を避ける動きもあり、1948年には当時の国際自然保護連合は組織名をIUPN(International Union for Protection of Nature)からIUCN(International Union for Conservation of Nature and Natural Resources)へ改称した[16]。一方で、野生動物管理の試みは必ずしも成功しているというわけではなかった。相変わらず狩猟動物だけを対象とした管理が横行し、狩猟動物を捕食する動物や人間に害を与える動物、狩猟動物として魅力の高い動物を優先的に殺した結果、シカ類などの一部の野生動物は個体数を爆発的に増やし、アメリカバイソンオオカミなどは絶滅が危惧されるまでに数を減らした。こうした狩猟者の利益しか考えていない未成熟な野生動物管理に対して、人間中心的な功利主義と捉えて批判する声が上がった[17][18]。野生動物管理学の提唱者であるレオポルドでさえも1949年に出版した晩年の著書『Sand County Almanac』にて「野生動物の数を人間が管理できるという傲慢な考え方は間違っていた」と述べ、この時点での野生動物管理の失敗を象徴するものとなった[18]。しかし、レオポルドは野生動物管理を完全に否定したわけでなく、共同体として敬意を払う土地倫理の思想を生み出し、倫理観をともなった新たな管理を期待したのであった[18]。1970年代には提唱されたディープエコロジーでは人間の利益に縛られた野生動物管理はシャローエコロジーとされ、改善が強く求められた。レオポルドが提起した倫理観は野生動物管理に欠けていた要素のひとつであり、この思想はのちに環境倫理学へと発展し、野生動物管理を含む自然保護活動に大きな影響を与えた。


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