違憲審査制
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違憲審査制(いけんしんさせい)は、法令その他の処分が憲法に違反していないか(憲法適合性)を審査し公権的に判断する制度の事である。この手続きを「違憲審査」、「違憲立法審査」、「法令審査」、「合憲性審査」という。また、その権限は「違憲審査権」、「違憲立法審査権」、「法令審査権」、「合憲性審査権」と呼ばれる[1]。広義には特別の政治機関が違憲審査を担う制度も含まれるが、通常は何らかの裁判機関が違憲審査を担う制度を指す[1]
概説

違憲審査制は西欧型の立憲主義憲法の下では憲法保障の中で最も重要な位置を占め[2]、付随的審査制(アメリカ型、司法裁判所型)と抽象的審査制(ドイツ型、憲法裁判所型)とに大別される[3][4]

違憲審査制は憲法の最高法規性と基本的人権尊重の原理をその基礎とし[5]立憲主義の下で憲法の最高法規性をいかに担保するかは重要な課題とされてきた[6]。19世紀初めのヨーロッパ諸国及びアメリカ合衆国において、憲法に基づいて政治を行うという立憲主義が確立したことに端を発し、制度的に発達してきたのが違憲審査制である。

なお、特に付随的審査制においては違憲な立法・行政処分を具体的事件に適用することを拒否するという司法権による統制という権力分立の側面もある[5]
違憲審査制の歴史

アメリカでは1803年マーベリー対マディソン事件における連邦最高裁判所の首席裁判官ジョン・マーシャルの意見により、違憲審査制が確立したとされる。これはアメリカでは、イギリス議会が制定した圧制的な法律に対する反発により独立を果たした経緯があるため、元来立法権に対する不信の思想が強く、議会が制定した法律に対する違憲審査制も受け入れられやすかったためと考えられる。

これに対して、ヨーロッパ諸国においては、議会が制定する法律により行政権司法権に制約を加え、それにより国民の人権を保障する考え方が立憲主義の中核と理解されていた。そのため、立憲主義が確立した当初は、議会が制定した法律の合憲性を審査する制度の導入は、民主主義権力分立に反するものとして消極的に捉えられていた[2]

しかし、このような議会中心主義の考え方は第一次世界大戦後には動揺しはじめ、ケルゼンの起草にかかる1920年オーストリア共和国憲法において憲法裁判所制度の導入が試みられる。さらにはナチズムの台頭・政権掌握によって議会の立法で重大な人権侵害が発生した(ヒトラーは議会の立法によって権力を掌握して「議会によって権限を与えられた指導者」の指令としてホロコーストT4作戦を実行した)ことの反省から、第二次世界大戦後、ドイツを中心に違憲審査制が広く導入されるようになった。
違憲審査制の分類

違憲審査制は付随的違憲審査制(司法裁判所型、アメリカ型)と抽象的違憲審査制(憲法裁判所型、ドイツ型)に大別される[3]
付随的違憲審査制(司法裁判所型、アメリカ型)
違憲審査権を司法権に内包するものと位置づけ、司法裁判所(通常の裁判所)が具体的事件を解決するのに必要な限度で違憲審査権を行使する方式[6]。その判断は判決理由中に示される[7]。付随的審査制はアメリカ、イギリス連邦諸国、ラテンアメリカの一部の国で採用されている[8][9]。違憲の法令を適用することに対する個人の権利保護に重点を置く点で私権保障型(ここでいう私権は私人の権利という程度の意味であり、私法上の権利という一般的な用法とは異なる)ともいう。
抽象的違憲審査制(憲法裁判所型、ドイツ型)
違憲審査をするために特別に設けられた機関(通常は憲法裁判所)が具体的事案から離れて違憲審査権を行使する方式[6]。その判断は判決主文中に示される[7]。抽象的審査制を採用する国としてはドイツ、イタリア、オーストリア、韓国がある[8]。違憲の法令を排除することにより法体系の整合性を確保することに重点を置く点で、憲法保障型ともいう。

ただし、今日の違憲審査制は、アメリカでも事件争訟性の緩和が図られ、また、ドイツでも私人が具体的事件における基本権侵害の排除を目的として憲法判断を求める憲法訴願(憲法異議)の場合が多く、実際にはともに接近する傾向にあるとされる[6][10]
各国の違憲審査制
アメリカ合衆国

アメリカ合衆国憲法には、違憲審査制に関する明文の根拠条文が存在しないが、憲法制定に携わったハミルトンは、裁判所に違憲審査権がある旨の主張をしていた(『ザ・フェデラリスト』)。

同国の歴史上、違憲審査制が確立したのは、マーベリー対マディソン事件における1803年2月24日の連邦最高裁判所の判決による。この判決では、概ね以下の理由により議会が制定した法律の違憲性を裁判所が判断できるとした。

憲法を議会が通常の立法により変更できるのであれば、国家機関の権能を制限しようとした成文憲法は意味のない試みとなる。

何がであるかの判断は、司法の権限に属する。

事件に適用される複数の法が矛盾する場合は、裁判所はそれらの効力を決定しなければならない。

憲法が法律に優越するのであれば、憲法と法律が矛盾する場合は、憲法が適用される。

以上のような理由により、通常の裁判所が「事件及び争訟」(cases and controversies) を審理する際に適用される法令の憲法適合性を審査する制度が確立し、付随的違憲審査制の代表として理解されている。また、違憲と解釈された法令を適用せずに具体的な争訟に対する判断をする手法を採り、憲法秩序を保障することを主要な目的としたものではないので、違憲判決の効力はあくまでも当該事件にしか及ばない。

また、違憲審査権の行使は慎重でなければならないという点から、法令に違憲の疑いがある場合でも憲法判断を回避する技術が確立している。特にニューディール政策の合憲性が争われたアシュワンダー対TVA事件(英語版)における1936年2月17日の連邦裁判所判決においてブランダイス裁判官が補足意見であげた準則(ブランダイス・ルール)のうち、憲法問題が提出されていても他の理由により事件を処理できる場合は憲法判断をしないという準則(第4準則、憲法判断の回避)、法律の合憲性に対する重大な疑いが提起されている場合であってもまず憲法問題を避けることができる法解釈が可能であるかどうかを最初に確認するという準則(第7原則、合憲限定解釈)が有名である。

以上のように、アメリカの違憲審査制は、どこまでも具体的な事件を解決に必要な限りにおいて憲法判断をすることが建前になっている。もっとも、近年では、法令の違憲性の主張の利益(存在) (standing) を広く捉える傾向にあり、その意味において憲法秩序自体を保障する制度に近づいているとも言える。
日本

日本国憲法第81条は次のように定める。
第81条
最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。 ? 日本国憲法第6章第81条

また、裁判所法第3条は次のように定める[注釈 1]
第3条
裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。 ? 裁判所法第1章第3条

また、裁判所法第8条は次のように定める。
第8条
最高裁判所は、この法律に定めるものの外、他の法律において特に定める権限を有する。

 2 前項の規定は、行政機関が前審として審判することを妨げない。

 3 この法律の規定は、刑事について、別に法律で陪審の制度を設けることを妨げない。 ? 裁判所法第2章第8条
法的性格

最高裁判所の違憲審査権の法的性格については司法裁判所説、憲法裁判所説、法律事項説が対立する[11][12]

司法裁判所説(付随的違憲審査制説)(通説)憲法81条はアメリカ型の付随的違憲審査制を採っていると解するのが通説である[8][12]。裁判所は具体的争訟の解決に付随してのみ違憲審査をすることができることになる。日本国憲法の違憲審査制は制定過程の経過をみてもアメリカの制度の流れをくむものであると考えられ、また、「第6章 司法」の章に違憲審査権について定める憲法81条の規定を置いており、この「司法」とは伝統的に具体的事件に法令を適用して紛争を解決する作用を指すからである[8][12]

憲法裁判所説(独立審査権説)憲法81条は最高裁判所に抽象的違憲審査権を付与したものである(憲法裁判所)とする見解。この見解によれば最高裁判所は具体的事件を離れて違憲審査権を行使することが可能あるいは違憲審査が義務づけられているとする。しかし、抽象的審査制を採用する場合には提訴要件、提訴権者、裁判官の選任方法、裁判の効力が明示されているのが通例であるにもかかわらず、日本国憲法にはこのような規定がないという問題点が指摘されている[8][13]。かつて最高裁判所を第一審として、自衛隊の前身である警察予備隊の設置や維持に関する法令の制定をも含む一切の行為の無効確認を求める訴えが提起されたことがある(警察予備隊違憲訴訟)。これに対し、最高裁は、具体的事件を離れて抽象的に法律、命令等が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有するものではないものとして、訴えを却下した(日本国憲法に違反する行政処分取消請求 最高裁昭和27年10月8日大法廷判決)。

法律事項説憲法81条は付随的違憲審査制を採っているが、法律の制定によって最高裁判所に抽象的違憲審査権を付与することは憲法上許容されており可能であるとする見解。なお、前掲の最高裁判決(最高裁昭和27年10月8日大法廷判決)はこの点について触れていない[6]

違憲審査の主体

最高裁判所最高裁判所は憲法の明文において違憲審査の主体とされている(
日本国憲法第81条[14][15]

下級裁判所付随的違憲審査制の下では違憲審査権は司法権に内在するものと位置づけられること、日本国憲法第81条の「終審裁判所」の文言は前審の違憲審査を前提としているものとみられること(憲法81条は最高裁判所が終審裁判所として違憲審査権を行使する点を強調した規定とみられること)、裁判官は憲法尊重擁護義務(第99条)を負っていることなどから、解釈上、下級裁判所も違憲審査の主体として具体的争訟の解決に付随して違憲審査をすることができるとみるのが通説である[14][15]。判例(最高裁昭和25年2月1日大法廷判決)も下級裁判所の違憲審査の主体性を認める[16]

違憲審査の対象

日本国憲法第81条は「一切の法律、命令、規則又は処分」を違憲審査の対象として定める[16]

対象説明
法律「法律」は国会の制定する形式的意味の法律を意味する[17]
命令「命令」には行政機関が制定するもの一切が含まれる[18]
規則「規則」には議院規則最高裁判所規則も含まれる[18]。なお、会計検査院規則や人事院規則については「命令」に含まれるとする説と「規則」に含まれるとする説がある[17]
処分「処分」には行政機関の処分(行政処分)のほか、立法機関(国会)の処分、司法機関(裁判所)の処分も含まれる(通説及び判例は裁判所の判決も含まれると解する。昭和23年7月8日最高裁大法廷判決参照)[18][19]
条例憲法81条の列挙には条例が挙がっていないものの国内法規範であり一般に違憲審査の対象に含まれると解されているが、その根拠としては「命令」に含まれるとする説と「法律」に含まれるとする説[18]があり学説は分かれている[17]


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