達智門(たっちもん)は、平安京大内裏の外郭十二門のひとつである。左衛門府が警固を担当した。 大内裏の北面、偉鑒門の東。一条大路に面している。大きさは5間、戸3間だった。 延暦13年(794年)、宮城経営のとき備中国・備後国が造営し、丹治比氏がこれを監したことがその名称の由来(たぢひ → たっち)。当初は「丹比門」といった。もとは「多天井の門」と呼ばれた。弘仁9年(818年)、額を改め、橘逸勢の筆額を掲げた。
概要
関連項目
奨子内親王:「達智門院」を号した鎌倉時代末期の女院。
.mw-parser-output .redirectcatnav{margin:1em auto;border-style:none;text-align:left;font-size:100%;clear:both}.mw-parser-output .redirectcat ul{margin-left:0}多治比門に関するカテゴリ:
藤原京
多治比氏
更新日時:2017年12月2日(土)13:23
取得日時:2020/07/22 21:12