過酸化水素水
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過酸化水素


IUPAC名

Hydrogen Peroxide,dioxidane
別称Hydroperoxide
Hydrogen dioxide
識別情報
CAS登録番号7722-84-1
KEGGD00008
特性
化学式H2O2
モル質量34.0
外観無色液体
密度1.4 g/cm3(90 %水溶液の場合)
融点

-11℃ (90 %水溶液の場合)
沸点

141℃ (90 %水溶液の場合)
危険性
安全データシート(外部リンク)厚生労働省モデルSDS
GHSピクトグラム [1]
GHSシグナルワード危険 [1]
Hフレーズ

火災又は爆発のおそれ:強酸化性物質

飲み込むと有害

皮膚に接触すると有毒

重篤な皮膚の薬傷及び眼の損傷

重篤な眼の損傷

吸入すると有毒

発がんのおそれの疑い

呼吸器の障害

長期にわたる、又は反復ばく露による呼吸器の障害

水生生物に毒性 [1]

出典
ICSC 0164
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

過酸化水素(かさんかすいそ、: hydrogen peroxide)は、化学式 H2O2 で表される化合物。しばしば過水(かすい)と略称される。主に水溶液で扱われる。対象により強力な酸化剤にも還元剤にもなり、殺菌剤漂白剤として利用される。発見者はフランスルイ・テナール
性質

35 %水溶液は、常温では無色の、よりわずかに粘度の高い弱酸性の液体[2]エタノールエーテルに可溶。わずかにオゾンに似た臭いがする[3]

過酸化水素は不安定で酸素を放出しやすく、非常に強力な酸化力を持つヒドロキシラジカルを生成しやすい。過酸化水素は活性酸素の一種ではあるが、フリーラジカルではない。

強い腐食性を持ち、高濃度のものが皮膚に付着すると痛みをともなう白斑が生じる。また、可燃物と混合すると過酸化物を生成し、発火させることがある。水に溶けると、分解されるまでは水生生物に対して若干の毒性を持つ[2]

実験室では、酸素を得る際に使われる。この反応式は以下の通りである。 2 H 2 O 2   ⟶ 2 H 2 O   + O 2 {\displaystyle {\ce {2H2O2\ -> 2H2O\ + O2}}} 反応で98.05 kJ/mol発熱する。[4]

反応速度を大きくするため触媒として二酸化マンガン酵素の一種カタラーゼを使用する。傷口の消毒時に生じる泡は体内にあるカタラーゼが触媒として働いて生じる酸素である。

なお、過酸化水素は消防法第2条第7項および別表第一第6類2号により危険物第6類(酸化性液体)に指定されている。また、重量%で6 %を超える濃度の水溶液などの製剤は毒物及び劇物取締法により劇物に指定されている。
利用過酸化水素水ペルキシール 1920年
工業原料としての利用

過酸化水素全体の使用量では、製紙の際のパルプ漂白や廃水処理、半導体の洗浄など、工業的な利用が大部分を占める。塩素系の漂白剤などが多量の廃棄物を生じるのに対し、過酸化水素は最終的には無害な水と酸素に分解するため、工業利用するには環境にやさしい物質であると言われ、近年工業的な過酸化水素の利用は拡大してきている。

試薬用としては、濃度30w/v%(約10mol/?[5])の過酸化水素水が市販されている。主に酸化剤として用いられる。過酸化水素を酸化剤に用いた環境負荷の低い新規酸化反応法などが精力的に研究されている[6]。同様の観点から合成への利用も数多く検討されているが、費用の高さのため、実用化されたプロセスはシクロヘキサノンオキシム合成[7]など限られており、利用用途におけるシェアはまだ低い。

閉鎖系エンジン(非大気依存推進)の酸素源としても利用が検討された。1930年頃からドイツヘルムート・ヴァルターによって、高濃度過酸化水素の分解により酸素を発生させ、内燃機関を作動させるアイディアが研究され、ヴァルター機関が開発された。各国で開発が進められ、第二次世界大戦中にはドイツでUボートXVIIB型が建造された。

第二次世界大戦後、戦勝国がその成果を持ち帰り、イギリスではエクスプローラー級潜水艦ソビエト連邦ではS-99が建造されて試験に供されたが、いずれも成果は芳しくなかったこと、高濃度過酸化水素の取扱いが難しく事故を起こしたことに加え、アメリカ海軍において艦船に搭載可能な原子力機関の開発が成功したこともあって、ヴァルター機関はそれ以上省みられることなく、潜水艦の水中動力源としては実用化には至らなかった。日本でも第二次世界大戦中にドイツから技術提供を受けてヴァルター機関が研究されたが、実用化される前に終戦を迎えた。

一方で魚雷の動力源としては、海上自衛隊72式魚雷イギリス海軍の21インチ マーク12魚雷、ソビエトの65型魚雷で使用され、一定の成果を収めている。しかし、マーク12魚雷はHMS Sidon、65型魚雷はクルスクで、それぞれ推進剤の高濃度過酸化水素に起因すると見られる事故を起こして、搭載艦が沈没している。

その他にもロケット飛行機であるメッサーシュミット Me163のエンジンHWK 109-509秋水特呂二号原動機Hs 293誘導弾、ロケットベルトの推進剤として使用され、磁気浮上式鉄道のKOMET (Komponentenmestrager) で1975年に401.3 km/hの速度記録を樹立するときにも使用された。他にV2ロケットではターボポンプの駆動ガスの発生にも使用され、イギリスのアームストロング・シドレー ステンターアームストロング・シドレー ベータ、ブリストル・シドレー ガンマ、ブリストル・シドレー BS.605デ・ハビランド スペクター等のロケットエンジンでも酸化剤として使用された。

軍用機以外では、水上速度記録更新を狙ったロケット推進型パワーボート「ディスカバリーII」[8]2014年11月9日に333 km/hを記録したフランソワ・ギッシー (Francois Gissy) 操縦のロケット推進自転車 “Kamikaze V”[9] の推進剤としても用いられている。
漂白剤としての利用

過酸化水素は衣料用漂白剤としても利用される。液体の衣料用酸素系漂白剤は希薄過酸化水素の溶液である。一方、過酸化水素と炭酸ナトリウム錯体である過炭酸ナトリウムは、粉末で安定のため粉末の酸素系漂白剤として利用される。過炭酸ナトリウムは水に溶解すると炭酸ナトリウム (洗剤としても知られている)と過酸化水素とに解離する。また、の脱色に使用されることもあり、過酸化水素によって脱色した「偽の」ブロンドは、英語で peroxide blonde または bottle blonde と呼ばれる。

食品分野ではうどん、かまぼこ等の漂白目的の食品添加物として認可されているが、日本では1948年(昭和23年)に食品添加物として初めて指定され、1969年(昭和44年)に「うどん、かまぼこ、ちくわにあっては0.1g/kg以上、その他の食品にあっては0.03g/kg以上残存してはならない」とする使用基準が設けられた。その後、弱い動物発がん性が認められたとの報告があったことを踏まえて、過酸化水素が分解しやすいという特性から、1980年(昭和55年)2月に使用基準が「最終食品の完成前に過酸化水素を分解し、または除去しなければならない。」と改められた。2016年(平成28年)2月には使用基準が「釜揚げしらす及びしらす干しにあってはその1kgにつき0.005g以上残存しないように使用しなければならない。その他の食品にあっては、最終食品の完成前に過酸化水素を分解し、又は除去しなければならない。」と改められた[10]

2015年現在の基準でカズノコの殺菌・漂白に使用されていながら表示がないのは、カタラーゼで分解処理を施し残存させないため加工助剤となり法律上表示が必要な食品添加物には該当しないためである[11][12]

落花生、ほたて貝、しらす干しなど製造工程に関係なく、細胞内酸化反応および脂質の酸化等により天然由来の過酸化水素が数μg/g検出される食品が存在するため、殺菌・漂白の工程を示すものとは限らない[13]

審美歯科においてホワイトニングに利用されている[14]
殺菌剤としての利用

2.5?3.5 w/v%の過酸化水素は医療用の外用消毒剤として利用され、オキシドール (oxydol) という日本薬局方名、またはオキシフル (oxyfull) という商品名でも呼ばれる。北米やイギリスで販売されている洗濯用洗剤のブランド「オキシドール」(Oxydol)とは無関係である。

飲料生産の充填工程で、飲料を充填する前に低濃度の過酸化水素水を紙パック内に噴霧して内部を殺菌する飲料充填機も存在する。この際、パック内に噴霧された過酸化水素水はパック内に送風を行うことで分解・乾燥し無害化する。ただし、噴霧量が多すぎるなどして飲料に過酸化水素水が混入するというトラブルが起こるリスクもある。

多くの生物種は過酸化水素分解酵素のカタラーゼを持つため、生体内での過酸化水素の寿命は極めて短い。つまり、傷の内面を含む体内に過酸化水素が侵入すると速やかに酸素に分解される。実際にオキシドールを傷口に塗布した際に発泡するのは、過酸化水素が分解して酸素が発生するためである。これは微生物分析に応用されており、一般的に通性嫌気性細菌はカタラーゼを持つが、偏性嫌気性細菌は持たないことから、細菌の種類を判別するのに用いられる。また、カタラーゼは熱により変性することから、食品に混入した生物系の異物 (毛髪や昆虫など)が加熱殺菌工程の前後どちらで混入したかを判別する苦情対応にも用いられる。この場合、殺菌前に混入した物ではカタラーゼが失活するため泡が生じないことで判別する[15]

また、洗浄・すすぎ・消毒・保存が1液で可能なコンタクトレンズの洗浄剤としても使用されている。中和剤として白金を使用するものが主流である。
生産

過酸化水素(100 %相当)の2016年度日本国内生産量は 17万5673 t、工業消費量は 1万5747 t である[16]。今日では、一般的にアントラセン誘導体自動酸化を利用して生産が行われている[17]。2-エチルアントラヒドロキノンもしくは2-アミルアントラヒドロキノンを溶媒に溶解し、空気中の酸素と混合するとアントラヒドロキノンが酸化されてアントラキノンと過酸化水素が生じる。ここからイオン交換水を用いて抽出し、アントラキノンと過酸化水素を分離する。分離後、わずかに混入している有機溶媒を除去し、さらに減圧蒸留することにより高濃度(30?60 %)のものを得る。副生成物であるアントラキノンをニッケルまたはパラジウム触媒を用いてアントラヒドロキノンに還元して再利用する。アントラヒドロキノンの酸化の際に側鎖酸化されたり、還元の際に芳香環還元されてしまうことがあり、それぞれ適切な再生処理が必要である。本法ではアントラキノンをいかに効率よく循環・再生使用できるかが重要となる。

硫酸または硫酸水素アンモニウムの水溶液を電気分解して生じるペルオキソ二硫酸 (H2(SO4)2)2? を加水分解することによる生産法も行われていたが、電力消費などの理由から現在ではあまり行われていない。

2005年現在、工業的な利用量が増え続けており、アントラキノン法に代わる安価な製造法、精製法の研究開発が各所で進められている。実験室レベルの研究については、合成研究の項で述べる。
合成研究

工業的にはアントラキノン法がよく用いられる。しかし、アントラキノン法は、多段プロセスであること、有機溶媒を必要とすること、副反応を起こしたアントラキノンの再生が必要であること、など多数の問題があり、過酸化水素が高価になる原因となっている。そのため、新しい過酸化水素合成法の開発が切望されている。

他の合成法にパラジウム触媒を用いた合成法と燃料電池反応法がある。
パラジウム触媒を用いた合成法

Pd(-Au)/CまたはPd(-Au)/SiO2触媒を用いてハロゲン化物イオン存在下、酸性条件で酸素と水素を直接反応させる。古くは、徳山曹達(現・トクヤマ)がPd/SiO2触媒を用いて、高圧の酸素と水素を反応させると過酸化水素が高濃度で蓄積できることを特許取得している[18]


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