過剰診断
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過剰診断(かじょうしんだん、:Overdiagnosis)は、生涯にわたり何の害も及ぼさない、治療の必要のなかった病変を見つけて、治療を要するものと診断してしまうことである[1][2]。その結果、不必要な精密検査や治療(過剰治療)が行われ、医療費の増加、受診者への身体的・精神的な負担など、多くの不利益をもたらす可能性がある[3][4]。過剰診断はすべての医療に関わる課題だが、無症状な健常者を対象とするがん検診では最も深刻な不利益となる[3]

利益と不利益のバランスを考え、科学的に有益な医療が提供されつつあるが、がん検診の最大の不利益である過剰診断の問題は、乳がん検診や胃がん検診、大腸がん検診など、すべての有効ながん検診で起こりうる[3][5]。アメリカを始めとした各国で、過剰診断を含め不必要な検査や治療、投薬を最小化する運動「Choosing Wisely(賢い選択)キャンペーン」が行われている[3][6]。多くの人々は「小さいがんを早く見つけてもらいたい」と望み、より精度の高い検診や頻回の検査を求めるが、そうした選択は不利益を増加させることが正しく認識されていない[3][5]。医療者は検診の利益を誇張することなく、「過剰診断」を含む不利益を正しく伝え、検査を受けるかどうかを決める根拠に基づく意思決定の判断材料を提供する役割がある[7][8][9]

日本では、科学的根拠の不明な検診が「過剰診断」を生んでいる[3]。日本における過剰診断で有名なのは、神経芽細胞腫の新生児スクリーニングであり、専門家たちが過剰診断を認めないことにより中止まで30年以上の時間を必要とした[10][11]福島県で行われている甲状腺がん検診についても、死亡率を減らすという利益が確認されておらず、複数の国際機関が「甲状腺のスクリーニングは推奨しない」との見解を発表している[12][10]

過剰診断を減らすには、「検診を実施するべきか、誰を対象とするか、疾病の種類や検診方法はどうするか」について、科学的根拠と社会的価値観を踏まえ、個別の事情に合わせて判断する必要がある[13][14]。検診は、当事者やその家族の人生に大きな影響を与えうる介入のため、質の高い実施体制、モニタリング、および効果を検証し、利益が害を上回らない場合には撤退できる仕組みをあらかじめ作ることが求められる[15][16]

2021年9月にNLM(アメリカ国立医学図書館)が"overdiagnosis"(過剰診断)をIndex Medicusの生物医学分野の用語(MeSH)として採用しました。「発見されなければその人に害を及ぼすことはなかったはずの病気や異常な状態であるとレッテルを貼ること。患者は、身体的、心理的、経済的な損害を被ることはあっても、過剰診断から臨床的な利益を得ることはない。」[17]
概要

無症状の人を対象にした検査は「自覚症状が出てからでは手遅れになる、早期に治療介入すれば予後が改善する病変」を見つけられる利益があるが、「進行が非常にゆっくりしていて、他の原因で死亡するまでに症状が出現しなかったり、症状が出ても死亡に至らなかったり、自然に消失する病変」まで見つけてしまうことがある[18][19]。医師は診断されると自動的に過剰治療へ導いてしまうこと、患者側も過剰診断について理解していないと過剰治療であっても望みやすくなることが指摘されている[20]

検診を受け、無症状のまま予防的に治療を受けた人は、そのおかげで命が助かったと考える傾向にあり、医師も検診のおかげで患者を助けたと考えることが多い[21]。これをポピュラリティーパラドックスという[21][22]

過剰診断は、利益がないだけでなく、本来必要のない検査や治療を受けることで、「痛みや合併症、手術や薬剤の使用などの身体的負担」「病気に対する不安などの精神的負担」「検査や治療に掛かる費用・時間などの物理的負担」「患者として生きることになるがゆえの社会的な影響」など、多くの不利益を受ける可能性がある[12][23][24]

個別の症例が過剰診断であるかは判別できず、個人が治療を受けないまま経過を見て、症状を発症する前に別の死因で死亡すれば、過剰診断であったことが確定できる[13][25]。しかし見つかった疾患を治療(例えば癌を摘出)してしまった場合、それが過剰診断であったかはわからない。したがって、過剰診断に関する推論のほとんどは、個人レベルではなく対象集団の研究から得られるものになる[11][26]。例えば死亡率が安定している状況で、発見率が急増していることは、過剰診断の可能性を強く示唆するものである[3]

がん検診の有効性は、死亡率の減少で評価されるが、発見率や生存率の改善が検診の有効性の指標になると誤認され、有効でない検診が行われることがある[10][27]。有効性は、検診群と対照群をランダムに分けた臨床試験で、その疾患による死亡率を比較することで検証できる[28][29]

従来がんは早期発見・早期治療が良いことであるとされてきたため、「見つけなくてよいものをみつけてしまった」「早く見つけすぎてしまった」という予想外の事実に追いついていない背景がある[30]。アメリカなどでは、低リスクである前ガン段階の疾患の診断名に「がん」という名称をつけることをやめることが検討され[31]、命に関わりのないがんまで見つけすぎないようになってきている[32]

利益が過剰診断等の不利益を上回るとされる検診が公的には推奨されているが、有効な検診においても過剰診断は一定の割合で生じる[1][13]腹部大動脈瘤検診においては、1万人が13年間腹部大動脈瘤検診を受けると、394人が大動脈瘤だと診断され、うち46人が死亡を免れ、176人の過剰診断が生じる[13][18]。そのうちの37人は、必要のなかった予防手術を受ける[18]

過剰診断を含め不必要な検査や治療の不利益から、患者や受診者を保護することを目的とする「Choosing Wisely(賢い選択)キャンペーン」がアメリカ、カナダを始め国際的に拡大しつつある[3][33]。この運動は、医療費抑制ではなく、不利益から患者や受診者を保護することが目的である[3]
過剰診断の害

身体的負担:不必要な検査と治療による副作用、合併症、被ばく
[4][23]。特にがん治療における手術、放射線療法化学療法は、すべてさまざまな副作用と死亡のリスクをもたらす[12][4]


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