進行性核上性麻痺
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進行性核上性麻痺(しんこうせいかくじょうせいまひ、: progressive supranuclear palsy: PSP)は1964年にジョン・スティール(John Steele)とジョン・リチャードソン(John Richardson)とイエジ・オルシェフスキ(Jerzy Olszewski)の3人によって報告された疾患である。原著では7人の剖検例を含む9例のPSP患者の報告がされている。その臨床的特徴としては垂直性注視麻痺、偽性球麻痺、項部ジストニア、認知症、姿勢保持反射障害があげられている。10万人あたり6人程度である。臨床診断基準を満たすものでもいくつかの亜型があることが知られている。典型的な臨床像はリチャードソン症候群とよばれる。
歴史

1963年にリチャードソンは姿勢保持障害と後方への転倒、垂直性核上性眼筋麻痺、軽度の認知症を主徴としさらに筋強剛、球麻痺を呈する症例を記載した。共同研究者のスティールとオルシェフスキにより病理所見が確認され進行性核上性麻痺と名付けられた[1]。原著では9人の臨床像と7人の病理像が記載されており、臨床像は眼球運動障害、仮性球麻痺、項部ジストニー(項部後屈)、歩行障害、認知症と多彩な症状を示し、病理像は脳幹大脳基底核小脳の非常に多彩な神経変性を特徴とする。
疫学

リチャードソン症候群の欧米における有病率は人口10万人あたり6.0-6.4人と推定されている。リチャードソン症候群以外の臨床病型を含めるともっと多いと考えられる。平均60歳代で発症し、男性に多い。平均罹患期間は5年から9年とされている。

富山大学法医学講座の吉田、西田らは2007年から2014年の間に司法解剖した1,239例のうち中枢神経が評価可能であった998例を対象に神経病理学的な検討を行った[2]。998例中28例(2.8%)が病理学的にPSPの診断基準を満たした。この検討では生前のADLに寝たきりの患者は含まれていなかった。病理学的にはタウ病理の分布が軽度、もしくは分布が不完全なものが多かった。生前の転倒が16例(55.2%)、自殺が11例(37.9%)であった。このことは生前のうつ状態や歩行障害からPSPと診断されない例が多数存在する可能性を示している。
遺伝

メイヨークリニックのブレインバンクを用いた検討では病理診断されたPSP症例375例のうち58例(15%)にPSPまたはパーキンソン病または認知症の家族歴があり、11例(3%)にPSPをもつ家族歴が認められた[3]。この検討では家族歴は二等親以内の血縁者が発症している場合家族歴ありとしていた。家族歴のあるPSPと家族歴のないPSPで臨床症状に差は認められなかったがタウ病理は家族歴のあるPSPの方が軽度であった。その他、非常に稀であるが遺伝性PSPを生じる疾患群も知られておりMAPT遺伝子変異PGRN遺伝子変異、Perry症候群(DCTN1)、Kufor-Rakeb症候群(ATP13A2)、ニーマン・ピック病C型、ゴーシェ病、ミトコンドリア障害、遺伝性プリオン病などがあげられる。MAPT遺伝子変異、PGRN遺伝子変異はFTDP-17の原因として知られている。
臨床徴候
運動症状

発症早期から出現する後方への転倒を伴う姿勢保持障害が特徴的で顔面や頭部に外傷を負いやすい。筋強剛は四肢より頸部や体幹に強く現れる(体軸性筋強剛)。無動のため動作緩慢に見えるが、突然立ち上がって後方に倒れることがある(ロケットサイン)。振戦を伴うことは少ない。進行すると頸部が後屈する。深刻感が乏しく多幸的である場合が多い。
眼球運動障害

垂直性(特に下方視)の核上性麻痺が特徴であるが終末期にいたっても30%ほどでは認められない。これは指標への追視ではなく注視の障害である。進行すると水平方向の注視や瞬目も障害され特徴的な顔貌になる。眼球頭反射(人形の目現象)による眼球運動は保たれる。
認知症(前頭葉性認知症または皮質下認知症)

通常は運動症状の出現以降にみられるが、認知症で発症する場合もある。1974年にAlbertらは認知症の特徴として、健忘(十分時間をかければ思い出す)、思考の緩慢、人格や気分の変化(アパシー、うつや易刺激性)、獲得した知識を操作する能力の障害(計算や抽象化能力の低下)を挙げ、その責任病変を皮質下の基底核に求め、皮質下性認知症と命名した。近年では前頭葉性の認知機能障害とも考えられている。見当識障害はあっても軽く、失念、思想の緩徐化、情動と性格の変化、知識の操作能力の低下など遂行機能障害が目立つ。認識の遅さと運動の遅さには相関関係はない。非言語性推論や言語の流暢性が高度に低下する。
前頭葉徴候

把握反射、模倣行動、使用行動、視覚性探索反応が出現する。拍手徴候はかつてはPSPに特異的とされたが大脳皮質基底核変性症多系統萎縮症でも陽性となる。
精神症状

進行性核上性麻痺では精神症状や行動異常を伴うことも知られている[4]
臨床病型
多変量解析による病型分類

歴史的にはDavid R. Williamsらが行った多変量解析による検討によって分類が始まった[5]。これは1988年?2002年にかけて病理学的にPSPと診断された103人のカルテ記載をもとしたレトロスペクティブスタディである。主成分分析およびクラスター分析を行い、病理学的にPSPと診断した患者の臨床症状はRichardson症候群とよばれる群とPSP-parkinsonism(PSP-P)と呼ばれる群に分けることができた。またこの検討の時点でそれ以外の群の存在が示唆された。

富山大学の吉田、西田らは法医解剖例をクラスター分析した結果から嗜銀顆粒性認知症の合併が多く、抑うつ自殺を伴うことが多い未発表の亜型が存在すると述べている[2]
各病型

2013年現在はタウ病変の分布によって脳幹優位型(PSP-P、PSP-PAGF)と大脳皮質優位型(PSP-CBS、PSP-PNFA、PSP-FTD)に分類される。臨床亜型の特徴を以下のようにまとめる[6]

RSPSP-PPSP-PAGFPSP-PNFAPSP-CBSPSP-C
筋強剛体軸性四肢>体幹体軸性ときどきありありあり
無動軽度中等度中等度軽度ありあり
振戦なしあり/なしなしなしなしなし
早期の転倒ありなしなしときどきありときどきありしばしばあり
早期の姿勢保持障害ありなしあり不明不明ときどきあり
早期の認知機能低下しばしばありなしなしときどきありなしときどきあり
早期の眼球運動障害ありなしなしときどきありなしときどきあり
早期の失調なしなしなしなしなしあり
レボドパへの反応性なしありなしなしなしなし

Richardson症候群

初期から転倒を伴う姿勢保持障害、垂直性核上性注視麻痺、体軸性固縮、認知症などが特徴とされる。半数以上が1年以内に転倒を繰り返す。また注視麻痺は病初期には認められないことが多く、下方視の障害は平均3年目に出現する。PSP全体の54%程度を占める[5]
PSP-parkinsonism(PSP-P、パーキンソニズムを伴う進行性核上性麻痺)

左右差をもって発症し、姿勢時振戦や静止時振戦をみられ、しばしばパーキンソン病と診断される。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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