週刊ベースボール
[Wikipedia|▼Menu]

週刊ベースボール
Weekly Baseball
『週刊ベースボール』創刊号
(表紙の写真は左から長嶋茂雄広岡達朗
愛称・略称週ベ
ジャンルスポーツ雑誌
野球専門誌)
刊行頻度週刊
発売国 日本
言語日本語
定価550円
出版社ベースボール・マガジン社
雑誌名コード044
刊行期間1958年3月(4月16日号) -
姉妹誌『週刊ベースボール別冊
ウェブサイト ⇒ベースボール・マガジン社 SportsClick
週刊ベースボール無料
特記事項

1.1958年3月、月刊誌『ベースボールマガジン』を改題する形で創刊。
2.不定期で増刊号も発行。3.定価は2017年12月現在。
テンプレートを表示

週刊ベースボール(しゅうかんベースボール、Weekly Baseball)は、ベースボール・マガジン社が発行する野球専門週刊誌1958年創刊。一般的な略称は「週ベ」(しゅうベ)。

なお、別冊として発行している雑誌についても併せて記述する。
概要

1958年3月、従来月刊誌として同年4月号まで発行していた『ベースボールマガジン』(1946年4月創刊)を改題する形で、4月16日号を発売・創刊[1][注 1]。バックナンバー(通算巻数…1年=1巻でカウント、巻次)も従来のベースボールマガジンから引き継いだ(1958年の巻次は、ベースボールマガジン4月号が13巻7号[注 2]、週ベ4月16日号が13巻8号となる)。通巻は『ベースボールマガジン』から引き継いだが、通算号数はこの1958年4月16日号から増刊を含めてカウントしている。

同年は、『女性自身』(光文社)、『週刊明星』(集英社)を始め、数多くの週刊誌が創刊された年であり、週ベもまた当時東京六大学野球リーグのスター選手として活躍していた長嶋茂雄のプロ(読売ジャイアンツ=以下、巨人)入りを契機に誕生した。創刊号の表紙は、長嶋と、同じく東京六大学で活躍しており、巨人で三遊間を組む広岡達朗が並んだ写真が飾られる。

当初はその長嶋を始めとして、巨人に関する記事が中心の構成であった。これは、1965年から巨人が9連覇を達成するなど日本プロ野球を牽引する存在であり、週ベを始めとしたマスコミも必然的に巨人中心の報道している流れがあったためである[2]。一方で、12球団のみならず、当時貴重な情報であった大リーグの記事も掲載することで、バランスを確保していた[3]。その上で、一貫性があり中身を伴っていた記事も評価され、選手や監督も大きな信頼を寄せていた[4]

以降、様々な週刊誌や野球雑誌が終刊していく中で野球を専門的に取り上げる雑誌として生き残り続けた週刊ベースボールは、日本プロ野球全体を支え続ける雑誌に成長。後にプロ野球で活躍している選手で、少年時代、週ベの愛読者だったという例も見受けられる[5]。選手にとっても、週ベに自分の記事や写真が載ることは一つのステータスであり、特に表紙に載るということは名誉なことであった[6]

あらゆるメディアが野球を多角的に取り上げるようになった現在も、豊富な情報量と創刊時のポリシーを貫いた記事は健在で、野球関係者を含め読者に受け入れられ続けている。1993年6月7日号で創刊2000号を迎えたときには、創刊以来の雑誌の顔であった長嶋、王貞治による特別対談を掲載。2008年には創刊50周年を達成。50年間にわたりプロ野球の情報を提供し続けた雑誌として、その歴史も認知されている。2010年7月21日発売の8月2日号で創刊3000号を達成。長嶋のインタビュー、王・山田久志の対談などのほか、歴代週ベの表紙を100号おきに紹介した。また、8月16日号(8月4日発売)まで3週に渡り、3000号記念の特別付録としてスペシャルベースボールカードが封入された。

現在は毎週水曜日発売。後述の企画の他、注目されている野球界の話題に関する連載やコラム、やくみつる4コマ漫画、読者によるアンケートのコーナー、独立リーグや日本国外のプロ野球リーグに関する情報などが掲載されている。
題字

創刊当時の題字(タイトルロゴ)は、『ベースボールマガジン』(1947年より使用)の「ベースボール」の文字を右に傾けた字体と、その横に縦組みで同じく右に傾けた「週刊」の文字(明朝体)を入れたデザインを採用(表紙画像を参照)。以来、サイズの変更があったものの、字体に変化のないまま、1999年4月12日号まで表紙に使用された。

1999年4月19日号より、初めてデザインを変更。「ベースボール」の字体を引き継ぎつつも、「週刊」の文字が斜体の縦組みから正体の横組みとなり、右上に小さくゴシック体で表記されるようになった(表紙以外では「ベースボール」の横に縦組みで表記)。2001年4月9日号まで使用。

2001年4月16日号より、「ベースボール」の文字が縦に圧縮された字体となり、右上に太字ゴシック体で「週刊」の文字が、右下には新たに英文表記「WeeklyBaseball」の文字が入った。2002年4月8日号まで使用。

2002年4月15日号より、「週刊」の文字が右下へ移動し、すぐ横に小さく「W e e k l y B a s e b a l l」の文字(ともに、やや太めのゴシック体)が入ったデザインを採用した。2011年4月4日号(3月23日発売)まで9年に渡り使用された。

2011年4月11日号(3月30日発売)より、「週刊」の文字が右に傾いた字体となった。また10年ぶりに英字表記が消えた。

なお、増刊号に関してはこの限りではなく、題字のデザインが本誌と若干異なる場合や通常の題字が使用されない場合もある(別冊についても同様である)。
プロ野球全選手写真名鑑

毎年2月中旬(おおむね10日前後)には、日本野球機構(NPB)に在籍する選手・コーチ・監督のデータと担当記者による寸評を収録した名鑑として「プロ野球全選手写真名鑑」(2002年版まで「プロ野球全選手写真名鑑号」)を発売している[注 3]

2月1日キャンプインで選手が一堂に会したところで個々の選手の顔写真を撮影したうえで、いち早く編集・製本するため、他社発行の選手名鑑より先に店頭に並ぶことが特徴。表紙には、そのシーズンの主力・注目選手の顔写真(1球団あたり1名)を並べている。ただし、発売日は本誌の正規発売日(現在は水曜日)とは限らない。また、名鑑号の発行以降に入団・退団・移籍した選手・首脳陣については、シーズン中の支配下登録期限日(毎年7月31日)直後に発行される通常号に特集扱いで紹介される。

登録名が漢字の場合には、平仮名日本国籍の場合)か片仮名(韓国・台湾・中国籍の場合)で読み方を付記。登録名と本名が異なる場合には、登録名の読み方を紹介しない代わりに、本名の漢字と読み方を記す。上記以外の国籍を持つ選手・コーチ・監督については、登録名を片仮名で表記するとともに、本名も片仮名および英語で掲載する。

本誌のプロ野球選手名鑑号が最初に発行されたのは、創刊翌年にあたる1959年の3月11日増大号[7]。「1959年プロ野球12球団全選手写真名鑑」の表記が入った。当時は『ベースボールマガジン』が別冊付録として発行していたものと同じく1球団2ページであった[7]が、1960年版からは1ページに縮小され1965年版まで続いた[7]

1965年に『ベースボールマガジン』が休刊したことから、1966年版からは1球団2ページに戻しつつ、一部のコーチ、選手については写真を掲載せずに名簿形式で紹介するようになった[7]。その後は一時、写真を掲載しない選手の名簿を、リーグごとに2ページの見開き形式で紹介している[7]1981年には、『ベースボールマガジン』の別冊付録に合わせて、1球団あたりの掲載規模を4ページに拡大。全選手・コーチの写真と詳細なデータが掲載されるようになった[7]

1983年版よりデータ項目に「家族構成」[注 4]を追加。1984年版から「出身地」「血液型」「ニックネーム」(1991年版まで)「好きなタレント」(未婚者のみ、男性タレントも含む)「年俸の増減」「保有する車のブランド名」などが追加[7]。プロ入り後の各チーム入団年等のほかに1990年版までは、選手・コーチ・監督の住所も明記していた[7][注 5]。掲載者数が多いチームはコーチなど1/2頁となり、打撃投手、練習生なども同様に球団巻末に掲載(これらスタッフは次第に省略)。

1983年版からは審判員名鑑や試合日程表、1984年版からは主な評論家解説者)の名鑑を追加[7]


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:59 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef