退位の礼
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退位の礼
Ceremonies of the Abdication from the Throne

退位礼正殿の儀の様子
種類国事行為
(天皇の退位に伴い行われる儀式)
退位礼正殿の儀
頻度天皇の退位に伴い行われる
会場皇居宮殿正殿・松の間
会場所在地東京都千代田区千代田1-1
開催国 日本
前回〈第125代天皇明仁
2019年平成31年)4月30日午後5時
参加者

天皇

皇族

三権の長

国内招待者

主催日本国政府
ウェブサイト
www.kunaicho.go.jp


退位した上皇明仁(左)と、皇位を継承した第126代天皇徳仁(右)

退位の礼(たいいのれい)は、第125代天皇明仁(現:上皇)の退位に伴って行われた皇室儀礼[1]

唯一の国事行為たる儀式である退位礼正殿の儀(たいいれいせいでんのぎ)が、天皇の退位等に関する皇室典範特例法の施行日である天皇退位の日・2019年平成31年)4月30日に皇居宮殿正殿・松の間で行われた。
概要

退位の礼を行う根拠は「天皇の退位等に関する皇室典範特例法施行令」第一条で、「天皇の退位等に関する皇室典範特例法第二条の規定による天皇の退位に際しては、退位の礼を行う。」としていることにある。

退位の礼の具体的な儀式としては、退位当日の2019年(平成31年)4月30日に「退位礼正殿の儀(たいいれいせいでんのぎ)」が国事行為として、皇居宮殿正殿で行われた[2]後鳥羽天皇光格天皇

かつて平安時代末期から鎌倉時代にかけて、天皇が退位して上皇(太上天皇の略称)となり、実質的な権力を以て院政を敷く「院政期」が存在した。しかし、江戸時代光格天皇の退位(仁孝天皇への譲位)を最後に天皇の退位は2019年まで途絶えた。よって、天皇の退位に伴う儀式が行われるのは、光格天皇の「譲国の儀(じょうこくのぎ)」が行われた1817年文化14年)以来、202年ぶりのことである。今回の譲位は、一世一元の制が定められた明治以降、かつ、憲政史上初めてである(戦前の大日本帝国憲法旧皇室典範や、戦後施行された現在の日本国憲法皇室典範も退位に関する規定がなかった)。また光格天皇の「譲国の儀」の際は、首都)が平安京京都)であり同地の皇居・桜町殿(現在の京都仙洞御所)で行われたことから[3]1869年(明治2年)の東京奠都後の現在の皇居で、天皇の退位に伴う儀式が行われるのも史上初めてであった。

退位の礼の当日は、前日4月29日の昭和の日と翌日の5月1日の天皇の即位の日(「天皇の即位の日及び即位礼正殿の儀の行われる日を休日とする法律」による特例)に挟まれたことにより国民の休日となった。
退位礼正殿の儀式の模様(ライブ配信映像)

退位の礼の儀式は退位礼正殿の儀(たいいれいせいでんのぎ)のみであり、国事行為である。2019年(平成31年)4月30日午後5時から、宮殿正殿松の間で行われた。

参列者は翌日の即位の礼の儀式、即位後朝見の儀に準じる。

天皇が剣璽御璽国璽を伴って松の間に入場し、ほかに皇后美智子、皇太子徳仁親王・皇太子妃雅子をはじめとする皇族三権の長両院議長〈大島理森伊達忠一〉、内閣総理大臣安倍晋三〉、最高裁判所長官大谷直人〉)らが揃い、内閣総理大臣が天皇退位特例法に基づく天皇の退位があることを報告し、天皇への感謝の意を盛り込んだ「国民代表の辞」を読み上げた後、退位礼正殿の儀に先だって開かれた定例閣議第4次安倍改造内閣)で決定された天皇の「おことば」があった。
国民代表の辞

 謹んで申し上げます。

 天皇陛下におかれましては、皇室典範特例法の定めるところにより、本日をもちまして御退位されます。

 平成の三十年、「内平らかに外成る」との思いの下、私たちは天皇陛下と共に歩みを進めてまいりました。この間、天皇陛下は、国の安寧と国民の幸せを願われ、一つ一つの御公務を、心を込めてお務めになり、日本国および日本国民統合の象徴としての責務を果たしてこられました。

 我が国は平和と繁栄を享受する一方で、相次ぐ大きな自然災害など、幾多の困難にも直面しました。

 そのような時、天皇陛下は、皇后陛下と御一緒に、国民に寄り添い、被災者の身近で励まされ、国民に明日への勇気と希望を与えてくださいました。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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