追悼演説
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追悼演説(ついとうえんぜつ)は、日本国会において物故者となった現職国会議員を追悼する為の演説である。この演説の呼び名は衆議院参議院で慣例として異なっており、衆議院では追悼演説、参議院では哀悼演説(あいとうえんぜつ)と呼ばれている。
概説

本会議場で行われる。演説の日取りは遺族の希望を聞いた上で、議院運営員会理事会で決定する[1]

中選挙区制選出時代の衆議院議員の場合は、同じ選挙区の対立政党の議員が追悼演説を行うのが慣例だった。小選挙区制導入以降も中選挙区制時代に同じ選挙区で争っていた近隣選挙区の選出議員が追悼演説を行う例が多かったが、2000年代以降は小選挙区制導入以降に初当選した議員が追悼演説の対象となることが増えて、同じ政党に所属する議員が追悼演説を行う例も多くなった。これは1998年1月に衆議院議院運営委員会理事会において、遺族の意思を尊重して演説者を決めると申し合わせていることも影響している[2]

党首経験者の場合は、対立政党党首[注 1] が行う慣例となっている。浅沼稲次郎に対する池田勇人の追悼演説は名演説として知られ池田人気の上昇にも貢献した。

ただし2000年代以降、内閣総理大臣経験者が死去した場合は、現役の対立政党党首ではなく、同じく内閣総理大臣経験者が追悼演説を行うケースも見られる。2000年に死去した小渕恵三の場合は村山富市が、2022年に死去した安倍晋三の場合は野田佳彦が、それぞれ追悼演説を行った[注 2]

原則として現職国会議員が死没した際に演説が行われるが、例外的に非議員(解散総選挙の関係で死没時に衆議院議員の身分になかった者も含む)についても追悼(哀悼)演説が行われたことがある。例として幸田露伴(非議員、衆参両院で実施)、尾崎行雄(元衆議院議員)、大平正芳(内閣総理大臣・前衆議院議員、第36回衆議院議員総選挙期間中に死去)がある。
追悼演説が行われた事例

衆議院における追悼演説が行われた事例演説年月日演説した議員追悼対象議員没年月日死因
1947年(昭和22年)6月28日
辻寛一服部崎市6月2日病死
1947年(昭和22年)8月2日松本淳造幸田露伴
(非議員)7月30日病死
1947年(昭和22年)10月11日中島守利田川大吉郎10月9日病死
1948年(昭和23年)4月5日竹谷源太郎大石倫治3月30日病死
1948年(昭和23年)10月11日本多市郎本田英作10月4日病死
1949年(昭和24年)4月12日北村徳太郎大瀬久市4月10日病死
1949年(昭和24年)10月25日荒木万寿夫若松虎雄9月24日病死
1949年(昭和24年)10月25日松岡駒吉斎藤隆夫10月7日病死
1950年(昭和25年)1月23日受田新吉高橋定一1949年(昭和24年)12月25日病死
1950年(昭和25年)2月7日篠田弘作北二郎1月29日病死
1950年(昭和25年)4月15日加藤鐐造丹羽彪吉4月10日病死
1950年(昭和25年)11月21日鈴木義男大和田義栄8月27日病死
1951年(昭和26年)1月27日益谷秀次米窪満亮1月16日病死
1951年(昭和26年)3月13日苫米地義三幣原喜重郎3月10日病死
1951年(昭和26年)8月18日有田喜一吉田省三8月16日病死
1951年(昭和26年)12月10日土井直作白井佐吉12月6日病死
1952年(昭和27年)1月29日浅沼稲次郎中島守利1月28日病死
1952年(昭和27年)2月12日玉置信一松本六太郎2月8日病死
1952年(昭和27年)2月28日益谷秀次木村小左衛門2月28日病死
1952年(昭和27年)5月27日堀川恭平木下栄5月26日病死
1952年(昭和27年)7月25日奈良治二清藤唯七7月15日病死
1953年(昭和28年)2月5日保利茂愛野時一郎1952年(昭和27年)12月31日病死
1953年(昭和28年)8月3日三浦寅之助中助松7月31日病死
1953年(昭和28年)10月29日館俊三田中元8月28日病死
1954年(昭和29年)1月27日佐藤洋之助原彪1月23日病死
1954年(昭和29年)2月2日島村一郎熊本虎三2月1日病死
1954年(昭和29年)11月30日金光庸夫尾崎行雄
(前衆院議員)10月6日病死
1954年(昭和29年)11月30日尾崎末吉冨吉榮二9月26日事故死(洞爺丸事故
1954年(昭和29年)11月30日花村四郎菊川忠雄9月26日事故死(洞爺丸事故)
1954年(昭和29年)11月30日武藤運十郎金子與重郎10月9日病死
1954年(昭和29年)12月17日吉川久衛今村忠助12月16日病死
1955年(昭和30年)1月24日鈴木義男河原田稼吉1月22日病死
1955年(昭和30年)4月25日大西正道小畑虎之助4月20日病死
1955年(昭和30年)5月17日小笠原三九郎永田安太郎5月13日病死
1955年(昭和30年)6月28日石田博英細野三千雄6月25日病死
1955年(昭和30年)11月22日原彪安藤正純10月14日病死
1955年(昭和30年)11月22日阿左美廣治杉村沖治郎10月17日病死
1956年(昭和31年)1月31日鈴木茂三郎緒方竹虎1月28日病死
1956年(昭和31年)3月27日福永健司川島金次3月26日病死
1956年(昭和31年)11月12日西尾末廣三木武吉7月4日病死
1956年(昭和31年)11月12日福田昌子熊谷憲一10月9日病死
1956年(昭和31年)11月20日広川弘禅三輪寿壮11月14日病死
1956年(昭和31年)12月12日小林リ伊藤好道12月10日病死
1957年(昭和32年)1月31日淡谷悠藏小笠原八十美1956年(昭和31年)12月27日病死
1957年(昭和32年)1月31日松岡駒吉重光葵1月26日病死
1957年(昭和32年)3月7日坂本泰良大麻唯男2月20日病死
1957年(昭和32年)11月5日伊瀬幸太郎仲川房次郎6月6日病死
1957年(昭和32年)11月5日安平鹿一越智茂9月10日病死
1957年(昭和32年)11月5日松井政吉鈴木直人9月20日病死
1958年(昭和33年)1月31日安平鹿一砂田重政1957年(昭和32年)12月27日病死
1958年(昭和33年)1月31日佐竹晴記宇田耕一1957年(昭和32年)12月30日病死
1958年(昭和33年)2月18日小川豊明竹尾弌2月8日病死
1958年(昭和33年)4月1日佐藤観次郎河野金昇3月29日病死
1958年(昭和33年)9月30日芦田均松岡駒吉8月14日病死
1958年(昭和33年)9月30日竹谷源太郎本間俊一8月20日病死
1958年(昭和33年)9月30日栗原俊夫小渕光平8月26日病死
1958年(昭和33年)10月28日平岡忠次郎松山義雄10月25日病死
1958年(昭和33年)12月18日本名武森三樹二12月1日病死
1959年(昭和34年)3月12日鈴木茂三郎鳩山一郎3月7日病死


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