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輜重兵第三連隊
創設1880年(明治13年)4月
廃止1945年(昭和20年)8月15日
所属政体大日本帝国
所属組織 大日本帝国陸軍
部隊編制単位連隊
兵科輜重兵
所在地名古屋
編成地名古屋市
上級単位第三師団
最終上級単位第3師団
最終位置中支九江地区
主な戦歴日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、山東出兵、日中戦争
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輜重兵第三連隊(しちょうへいだい3れんたい、輜重兵第三聯隊)は、愛知県名古屋市で編成された大日本帝国陸軍の連隊のひとつ。 年号表示について:年表の記載は元号ではなく西暦優先で記載ください(表記ガイド規定に準ずる)。 旧連隊中央厩舎跡に戦友会(輜三会)により昭和41年11月13日「平和の笛」の銅像が設置された。黒花崗岩の台座の上にひざまずいて横笛を吹く女性像が設置されている。(高さは台座を含めて2.8m)製作者は石田清、命名者は名古屋市長、設置費用は370万円の寄付金で賄った。名古屋高等裁判所が新築されることから昭和50年11月6日に現在の愛知県護国神社北小公園に移設した。なお、この像については馬頭がついている面(東側)が正面である。 ふくよかな女性像で日夜辛苦した隊員の人間関係、横笛で平和のメロディー、台座の馬頭の噴水で隊員の生活に欠かせない馬と水、台座には隊員が早がけさせられた思い出の大いちょうが表現されているとともに笛に人類の平和を笛のメロディーに戦没者を永久に慰霊する願いを込めている。 台座に記載の文章 平和の笛 思い出の中に君らは生き 地の上にわれらは立つ 笛の音に声を合わせて 平和への希望唱はん栄あれ みどりの山河 設置当初は台座には銅板にて「輜重兵第三聯隊跡」とあったが「平和の笛」に取り換えられた。台座裏側(西側)に下記のような銅板製の碑文が設置されていたが現在は、交換されて「黒色の石板」が嵌めらている。ここは元日本陸軍輜重兵第三連隊 の遺跡です。激しい演習に鍛えら れ愛国の至情に燃えたあの日あの 頃の血と汗の匂いが今もなお漂い ます。大銀杏の下に集まり散じた 戦友の思い出も本地ケ原の廠営に 結んだ夢と共に永久に消える日と てありません。 異国の丘に残る英霊の武勲を讃え 生きとし生きる戦友の心を一つに 結んで平和の歴史に残るわれらが 連隊の跡を永遠の記念といたしま す。 昭和四十一年十一月輜重兵第三連隊遺跡建設委員会 輜重兵第三連隊第二中隊史
沿革
1880年(明治13年)4月 名古屋鎮台輜重兵第二小隊創設
1890年(明治23年)11月 輜重兵第三大隊発足
1936年(昭和11年)6月 輜重兵第三連隊と改称
1937年(昭和12年)8月 日中戦争動員
1946年(昭和21年)2月6日 博多港上陸 解散式実施
1966年(昭和41年)11月13日 「平和の笛」設置
1975年(昭和50年)11月6日 「平和の笛」現在地へ移設
1986年(昭和61年)11月13日 「平和の笛」改修工事実施
2003年(平成15年)4月6日 「平和の笛」名古屋市へ寄贈、戦友会「輜三会」解散
輜重兵第三連隊と「平和の笛」
参考文献
関連項目
大日本帝国陸軍連隊一覧
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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