軍隊調理法
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『軍隊調理法』(ぐんたいちょうりほう)は、大日本帝国陸軍昭和期に編纂・発行した料理の基礎と献立をまとめたレシピ集。本稿では明治期に編纂された、『軍隊調理法』の前身である『軍隊料理法』(ぐんたいりょうりほう)および、兵食(へいしょく)と称される「軍隊料理」こと「帝国陸軍の食事(「日本陸軍の食事」)」自体についても詳述する。

なお、本書は主に兵営や駐屯地において調理される兵食のレシピであり、乾パン缶詰大和煮など)・乾燥食品・粉末調味料などといった演習地や戦地でも前線で食される野戦糧食(戦用糧食・携帯口糧・レーション)については別に開発・供給されている[1]
兵食

厳しい軍隊生活において、日々の食事は給養のみならず士気の観点からも重要であった。そのため帝国陸海軍の兵食には、戦前の日本人が慣れ親しんでいた食物のみならず、パン食・洋食肉食を積極的に取り入れたメニュー、おやつデザート)といった嗜好品、飽きさせない副食の設定がされていた。当時の日本の一般庶民、特に地方では大多数を占めた農民の子弟の兵士たちにとって、娑婆(俗世間)と異なる軍隊の食事は、兵舎のベッド(寝台)や洋服軍服)と共に新鮮なものであった。

一例として、のちに「兵隊作家」となる棟田博は、昭和恐慌当時の1929年(昭和4年)1月から1930年(昭和5年)11月にかけて現役兵として在隊していた岡山歩兵第10連隊の兵食事情について、以下の如く懐古している。

「あの時代の一般家庭の食事にくらべると、たしかに当時の軍隊の食事は上等であり、ご馳走の名にふさわしいものだったと思う」[2]

「こういう時代背景を思いあわせると、軍隊の兵食は、眉に唾をつけて聞きたくなるほどのゼイタクであったといえる」[3]

「ぼくは、じかに聞いたわけではないが、Aは同年兵の仲良しに洩らしていたそうである。こんなうまいもの(たぶん、トンカツとかコロッケであったろう)は、うちの者は口にすることがない。わしだけこうして食べるのが辛い、と」(同じ内務班の初年兵Aについて)[4]

情報量の少なかった戦前において、日本全国津々浦々への「国民食」の普及という観点からすると本書の影響は大きかった(#炊事場・調理員)。『軍隊調理法』および兵食について作家の山本七平は「おふくろの味という言葉があるが、当時の軍隊食は、まさに日本的平均おふくろの味であった」[5]と、伊藤桂一は「元兵隊だった人たちは、この本の料理を通じて、当時を郷愁し、話題をゆたかにされるだろう」[5]との言葉を残している。また、「天皇の料理番」こと秋山徳蔵が少年期当時に家業の関係で訪れた鯖江歩兵第36連隊将校集会所で初めて口にしたカツレツの味に衝撃を受け、これをきっかけに西洋料理人を志し、のちに宮内省大膳寮司厨長(宮内庁管理部大膳課主厨長)となったことが知られている。

なお、改訂昭和12年版『軍隊調理法』の前書きに

本書ハ軍隊兵食調理ニ關スル一般ノ原則竝標準ヲ示セルモノナルヲ以テ、之カ實施ニ當リテハ部隊ノ性質、土地、氣候、物資、設備、嗜好等ニ應シ適宜斟酌ヲ加ヘ克ク其ノ實状ニ適應セシムルモノトス ? 『軍隊調理法』

とある通り、『軍隊調理法』はあくまで合理的な参考レシピであり、帝国陸軍においては同じ料理であっても各部隊等によってある程度の独自性・個性がありバラエティ豊かなものであった。
炊事場・調理員

部隊の食事(兵食)は部隊本部の隷下である経理委員(部隊の糧秣を掌る経理部主計将兵で構成。歩兵連隊では首座である陸軍主計少佐ないし陸軍主計大尉以下委員全員が主計将校)が運営し、献立の決定や食材・調理機械の購入などを行う。炊事場では経理委員の配下である炊事班長(古参の軍曹)が後述の調理員となる炊事兵や、食材などの納入を行う出入業者を監督した。

兵食は部隊などの炊事場で調理されるが、その調理員はその部隊の兵員で構成される(炊事兵)。その選考は中隊の人事掛准尉特務曹長)が行い、毎期入営してくる新兵の前職・特技・家業・性格・性根等を鑑み入営約3、4ヶ月後の第一期検閲時期に選抜者を炊事兵に指名した[6]。そのため板前コックといった元料理人は優先的に炊事兵に指名されるが、入営者にそのような適当な者が居ない場合は畑違いの者が充当される。なお、炊事兵以外にも銃工兵・靴工兵・縫工兵・蹄鉄工兵・通信兵・鳩兵衛生兵喇叭兵などがあり、これらは「特業兵」と称しそれら分野の専門者となる。

炊事兵は普段の居住場所こそ内務班の大部屋であるが生活や勤務内容は一般兵とは別立てであり、午前2時や3時の真夜中に不寝番に起こされ炊事場に出勤し(昼食後に炊事場で仮眠が与えられる)日夕点呼頃に班に戻り、三度の食事も班ではなく炊事場で食した。炊事兵ほか「特業兵」は歩兵・騎兵・砲兵工兵輜重兵航空兵戦車兵船舶兵などといった兵科ないし兵種に属し、それらの部隊で勤務するが、一般の兵と異なり演習への不参加が許可されるなど区別はされた。炊事兵の役得として「炊事特製」とも称されるトンカツステーキといったスペシャル料理を作ることができ、面倒見の良い古兵の炊事兵は普段洗濯といった自身の身の回りの世話を行ってくれている初年兵(「戦友」と称す)に、この「炊事特製」をこっそり持ち帰り与えることもあった[7]

軍隊を除隊し「地方」に帰ったそれら元特業兵の中には軍隊時代の「特業」の経験を生かした職に就く者もおり、元炊事兵は料理人として食堂レストランを開業することもあった。料理人にならなかった元炊事兵も軍隊で覚えた食事・調理法を「地方」に持ち帰った。
食事場所 部分現存する麻布歩兵第3連隊の兵舎 現存する仙台歩兵第4連隊の兵舎

基本的には兵舎内の所属内務班の大部屋(起居を含む普段の居住場所)で、炊事場で調理された食缶入りの兵食を運び(「飯上げ」)、部屋で食器に盛り分けて食べる。兵と同様に営内居住者である下級下士官は専用の下士官室(起居を含む普段の居住場所および仕事場所)ないし下士官集会所(准士官下士官集会所)で食べる(配膳は当番兵が行う)。

営外居住者である准士官・上級下士官は昼食こそ下士官室ないし下士官集会所で行うが(朝食・夕食は自宅)、兵食ではなく持込弁当や、注文した出入業者の仕出弁当や出前の店屋物を自費で食べる[8]。同じく営外居住者である将校の食事も同様に自費であり原則兵食は食さず、基本的に将校集会所で部隊長以下が揃う会食形式であった。食事は部隊の炊事場で行われるか、将校集会所内の厨房で部隊指定の出入業者が下準備済みの食材を持ち込み調理し提供され、メニューは民間と同等の和洋中各種料理であった[9](将校自身や将校集会所には当番兵が配される)。これら将校准士官および上級下士官は週番や超過勤務の場合などに兵食を食すことも可能であるが、その場合は衣食住が保障されている営内居住者と異なり有料であり月々の給料から食事代が引かれる。ほか、食堂・レストランでの外食も可能である。

全寮制の軍学校陸軍士官学校陸軍航空士官学校陸軍予科士官学校陸軍予備士官学校陸軍幼年学校東京陸軍少年飛行兵学校陸軍少年戦車兵学校等)では、一般諸部隊と異なり校内に設けられている食堂で生徒達は兵食を食す。
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