本稿ではドイツ国防軍海軍の軍服について記述する。 ドイツ海軍の歴史は1848年にプロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世が創設したプロイセン海軍 ドイツ国防軍海軍の規定では将校の勤務服(Dienstanzug)には正式(Grosser)と略式(Kleiner)がある[3]。略式はダブルブレスト(5個のボタン二列)の開襟型のネイビーブルー(濃紺)のジャケットとズボンである。ジャケットの右胸には国家鷲章、左胸には胸ポケットがあり、両腰にもポケットが2つある。両袖には階級を示す金線が入り[4]、またその上に兵科識別章(Laufbahnabzeichen)が付く[3]。略式でも手袋や短剣を着用する場合もある[3]。 通常勤務服であっても正式は礼服と同じフロックコートを着用する[5]。正剣ベルト、短剣、勲章、グレーの手袋も付ける。シャツは略式も正式も立て襟だったが、後に折り襟式になった[3]。正式の方は戦中にはほとんど着用されなかった[1]。上級下士官は専用のジャケットに将校に準じたアクセサリーを付けた[2]。 夏季には白い勤務服を使用する。これは胸ポケットが左右に二つ、腰にも左右に二つあり、いずれもプリーツが入っている[4]。また袖章がなく、代わりに肩章を付ける。 礼服(Grosse Uniform)は、将校のみに着用される。紺のフロックコートであり、それに正肩章、正帽、正剣ベルト、サーベル、白手袋、勲章を加える[3]。コートの下は立襟シャツにネクタイを着用する[3]。将官の場合は将官飾緒も付ける。また正帽も将官の物は前から後ろにかけて金色の飾り帯が付いている[3]。礼服は ⇒ここ で見られる。礼服は戦中にはほとんど着用されなかった[1]。 晩餐服(Messeanzug)は、将校の夜会用の服である。ウェストコートの上に丈の短いジャケットを着用する。ジャケットにはネイビーブルーと白があったが、下には白いシャツと黒のネクタイを着用する。ウェストコートとズボンの色はジャケットに合わせることとされていたが、ネイビーブルーのジャケットの場合にはウェストコートは白も認められる[6]。晩餐服は ⇒ここ で見られる。 兵と下級下士官の水兵の通常勤務服(Dienstanzug)は、海軍軍服として代表的なセーラー服(水兵服)である[7]。この軍装には紺と白の二種類があり、白は熱帯用だった。ただし実際には両者を混用していることが多く、これは他国に見られない特徴だった。襟の部分は着脱式でその下にはネッカチーフ(Halstuch)を着用する[8]。左腕には兵科識別章を付け、その下にはV字型の階級袖章を付ける[4]。下級下士官の場合には錨に所属兵科章を組み合わせた物と階級袖章の有無で階級を示した[9]。 ピー・ジャケット(Uberzieher)は、外観はピー・コートに似るが、実際には薄手のウール製のジャケットである。水兵服の上から着用した[8]。水兵服の襟は出さない[8]。ダブルブレストの紺色のジャケットで、階級章は襟と左袖にあり、下級下士官の場合には襟の周囲に金色の縁取りがあった[8]。水兵服と同じく左腕には兵科識別章とV字型の階級袖章を付けた[10][11]。
概要
将校の軍服
将校の勤務服
将校通常勤務服(略式)
将校通常勤務服(略式)
将校通常勤務服(略式)、左奥は後述の陸上勤務服
将校通常軍服(略式)のギュンター・リュッチェンス海軍大将
将校通常軍服(正式)のエーリッヒ・レーダー海軍元帥
夏季用の将校勤務服
通常の勤務服と夏期用勤務服
将校の礼服
晩餐服
水兵の軍服
セーラー服
白のセーラー服
紺のセーラー服を着る水兵(1942年フランス)
紺と白のセーラー服の水兵
白いセーラー服の水兵
通常制服の将校と紺のセーラー服の水兵(1941年オランダ)
ピー・ジャケット
ピージャケット(右)
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