赤痢菌
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赤痢菌
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分類

ドメイン:細菌 Bacteria
:プロテオバクテリア門
Proteobacteria
:γプロテオバクテリア綱
Gamma proteobacteria
:エンテロバクター目
Enterobacterales
:腸内細菌科
Enterobacteriaceae
:赤痢菌属
Shigella

学名
Shigella
Castellani and Chalmers 1919



S. boydii

S. dysenteriae (タイプ種)

S. flexneri

S. sonnei

赤痢菌(せきりきん、Shigella)とは、グラム陰性通性嫌気性桿菌腸内細菌科の一属(赤痢菌属)に属する細菌のこと[1]ヒトサルのみを自然宿主として、その内に感染する腸内細菌の一種である。ヒトには主に汚染された食物や水を介して経口的に感染し、赤痢(細菌性赤痢)の原因になる。主に腸管の上皮細胞の細胞内に感染する通性細胞内寄生性菌であり、細胞内では細胞骨格のひとつ、マイクロフィラメントを形成するアクチンを利用して細胞質内を移動して、さらに隣接する細胞に侵入し感染を広げるという特徴を持つ。1898年志賀潔によって発見され、その名にちなんでShigellaという属名が名付けられた。これは、病原細菌の学名に日本人研究者の名前が付いている唯一の例である[2]
細菌学的特徴

腸内細菌科(ブドウ糖を嫌気的に発酵する、芽胞を持たない、通性嫌気性のグラム陰性桿菌)に属する細菌であり、大きさは0.5×1-3µmぐらいの棒状で、鞭毛を持たないため運動性がない[3]。運動性の有無の他、リジン脱炭酸を行わない点や、大部分がラクトースを分解しない点で、近縁の大腸菌サルモネラとは生化学的に鑑別される[3]に対する抵抗性は比較的高い[3]。このことは胃酸による殺菌を受けにくく、少量(10-100個程度)の菌でも発病することに関与している[3]

赤痢菌属は大腸菌属ときわめて近縁な関係にある。これまで形態的、生化学的、病理学的な観点から、別種だと考えられてきた赤痢菌属と大腸菌属は、最近の分類に用いられているDNA-DNA分子交雑法では両者を区別することができず、遺伝子に基づく分類学上ではこれらは同種という位置づけになることが明らかになった[3]。しかし医学上の観点からは、赤痢菌は大腸菌に比べて重篤な疾患の原因になることが多く、両者は医学上区別する必要があるという判断から、両者にはそれぞれ別々の学名(危険名)が与えられ、別種として扱われている[4]

赤痢菌属は、生化学的な特徴や抗原性の違いから、A?Dの4つの亜群(subgroup)に分けられており、これらがそれぞれ独立した種として扱われている[3]

A亜群: S. dysenteriae (志賀赤痢菌)

B亜群: S. flexneri (フレキシネル赤痢菌)

C亜群: S. boydii (ボイド赤痢菌)

D亜群: S. sonnei (ソンネ赤痢菌)

赤痢菌属の分離培養には、SS寒天培地DHL寒天培地などの選択分離平板培地が用いられる。
赤痢菌の細胞内寄生赤痢菌の細胞内侵入
(1)腸管からM細胞を介してマクロファージに捕食される。(2)殺菌を回避しマクロファージから脱出。(3)腸管上皮細胞の基底膜側に接着。(4)III型分泌装置によりエンドサイトーシスを活性化して侵入。(5)エンドソームから脱出し細胞質に移動。(6)細胞質で増殖、アクチンロケットにより移動。(7)隣接細胞への侵入

赤痢菌は、感染した宿主の細胞内と細胞外の両方で増殖を行うことが可能な、細胞内寄生体(通性細胞内寄生性細菌、細胞内寄生菌)の一種である[5]。細胞内寄生菌には、赤痢菌以外に結核菌レジオネラなどが存在し、これら細胞内寄生菌の多くは、生体内で異物の排除を担当しているマクロファージに貪食されることで細胞内に取り込まれ、その後、その殺菌機構を逃れてマクロファージ内で増殖するものが大半である[5]。これに対して、赤痢菌は積極的に細胞に働きかけて、細胞のエンドサイトーシスを活性化させる機能を有しているため、マクロファージ以外の、通常ならば貪食活性を持たない腸管上皮細胞に侵入できる性質を持つ[5]
上皮細胞への侵入

汚染された食物や水とともに侵入した赤痢菌は、胃酸による殺菌作用を受けながらも大部分生き残り、腸管内に到達して小腸内で増殖し、大腸に到達してそこで腸管上皮細胞に感染して増殖する[5]。この腸管上皮細胞内への侵入には、赤痢菌が持つIII型分泌装置(さんがたぶんぴつそうち)と呼ばれる、細胞質タンパク質を菌体外に分泌するための機構が関与しており、この機構を用いてマクロファージ以外の、貪食機構が発達していない上皮細胞に侵入が可能であるという点は、サルモネラや一部の病原性大腸菌(腸管侵入性大腸菌、EIEC)と共通である[5]。ただし、赤痢菌はサルモネラとは異なり、腸管の内側(管腔側、絨毛のある側)からは、ほとんど細胞内に侵入できない[5]。赤痢菌が腸管上皮細胞に侵入するときには、一旦、腸管内から出てその外側(基底膜側)から行われることが多い[5]

消化管に到達した赤痢菌は、腸管上皮にあるパイエル板に近接するM細胞(絨毛が発達せず、リンパ球やマクロファージに異物の提示や受け渡しを行う細胞)に取り込まれ、これを介してマクロファージによって貪食される[5]。しかし赤痢菌はマクロファージに対して、Ipa-Bによるcaspase-1の活性化を介してアポトーシスを誘導することによって殺菌から逃れてその細胞外に逃げ出し、腸管の基底膜側に到達する[5]。そこで赤痢菌は、腸管上皮細胞基底膜側に存在するインテグリンα5β1と結合して、細胞表面に接着する[5]。このインテグリンとの接着が赤痢菌の細胞内侵入に必要であり、この分子が基底膜側にのみ多く存在することが侵入が基底膜側から起こる理由だと考えられている[5]

上皮細胞に接着した赤痢菌は、III型分泌装置を宿主の細胞に突き刺して、その細胞内部に直接、エフェクター分子と呼ばれるタンパク質を送り込む[5]。このとき送り込まれるエフェクター分子(プラスミドにコードされた、Ipaとよばれるタンパク質)は、細胞骨格を構成するアクチンを再構成する作用を持っており、この作用によって赤痢菌が付着した周辺で細胞の形態が変化(ラフリングと呼ばれる構造変化)して、付着した菌体周辺で偽足のような構造が発達する[5]。この偽足様構造の発達は上皮細胞のエンドサイトーシスを促進し、このエンドサイトーシスによって赤痢菌は上皮細胞内でエンドソームに囲まれた状態で取り込まれる(引き金機構)[5]
細胞質での増殖と運動

他の多くの細菌の場合、エンドサイトーシスによって取り込まれたエンドソームが細胞内のリソソームと結合すると、その内部に取り込まれていた細菌が殺菌されてしまうが、赤痢菌の場合は、リソソームと結合する前にエンドソームから抜け出す能力を備えているため、細胞質に逃げ出すことによって殺菌を逃れることが可能である[5]。このような殺菌回避は赤痢菌の他に、リステリアレンサ球菌に見られる[5]。ただし赤痢菌の場合、この殺菌回避機構がどのような分子メカニズムによるものかはよく判っていない[5]。赤痢菌は、このようにして感染した上皮細胞の細胞質に移行し、そこで増殖する[5]。なお通常、細胞では細胞質に異物がある場合には、オートファジーによって異物を排除しようとする機構が働くが、赤痢菌はicsBと呼ばれる菌体表面のタンパク質によってオートファジーを抑制することで、排除されずに細胞内で増殖することが可能である[5]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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