資生堂
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株式会社資生堂
Shiseido Company, Limited

本社が入居する汐留タワー
種類株式会社
機関設計監査役会設置会社[1]
市場情報東証プライム 4911
1949年5月16日上場
略称資生堂、SHISEIDO
本社所在地 日本
105-8310
東京都港区東新橋一丁目6番2号
汐留タワー
.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯35度39分52秒 東経139度45分38.6秒 / 北緯35.66444度 東経139.760722度 / 35.66444; 139.760722座標: 北緯35度39分52秒 東経139度45分38.6秒 / 北緯35.66444度 東経139.760722度 / 35.66444; 139.760722
本店所在地104-8010
東京都中央区銀座七丁目5番5号
設立1927年6月24日
(創業:1872年9月17日
業種化学
法人番号1010001034813
事業内容化粧品、化粧用具、トイレタリー製品、理・美容製品、美容食品、医薬品の製造・販売
代表者魚谷雅彦
取締役代表執行役会長CEO
藤原憲太郎
(取締役代表執行役社長COO
資本金645億600万円
(2020年12月期)[2]
発行済株式総数4億株
(2020年12月31日現在)[2]
売上高連結:9208億8800万円
単独:2493億3500万円
(2020年12月期)[2]
営業利益連結:149億6300万円
単独:△10億1500万円
(2020年12月期)[2]
経常利益連結:96億3800万円
単独:319億1700万円
(2020年12月期)[2]
純利益連結:△116億6000万円
単独:338億6700万円
(2020年12月期)[2]
純資産連結:5065億9300万円
単独:4417億7000万円
(2020年12月期)[2]
総資産連結:1兆2042億2900万円
単独:8191億3800万円
(2020年12月期)[2]
従業員数連結:39,035[7,516]名
単独:4,309[1,646]名
(2020年12月31日現在) [2]
決算期12月31日
会計監査人有限責任あずさ監査法人
主要株主日本マスタートラスト信託銀行(信託口)13.53%
日本カストディ銀行(信託口)6.02%
BNYM TREATY DTT 15 2.87%
みずほ信託銀行(退職給付信託 みずほ銀行口)2.50%
JP MORGAN CHASE BANK 385632 2.22%
日本カストディ銀行(信託口7)2.15%
THE BANK OF NEW YORK 134104 1.84%
SSBTC CLIENT OMNIBUS ACCOUNT 1.60%
日本カストディ銀行(信託口5)1.57%
STATE STREET BANK WEST CLIENT - TREATY 505234 1.49%(2020年12月31日現在)[2]
主要子会社資生堂グループ参照
関係する人物福原有信創業者
福原信三(初代社長
山名文夫デザイナー
杉山登志(CMディレクター)
太田和彦(デザイナー)
福原義春名誉会長
外部リンク資生堂 企業情報
特記事項:経営指標は 2020年12月期 第121期 有価証券報告書
従業員数は就業人員であり、臨時従業員数は[ ]内に年間の平均人員を外数で記載している。
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株式会社資生堂(しせいどう、英語: Shiseido Company, Limited)は、化粧品製造販売を主な事業とする日本の企業である。化粧品の国内シェア第1位であり、世界シェアでは第5位となっている。日経平均株価およびTOPIX Large70の構成銘柄の一つ[3][4]

世界の約120カ国・地域で事業展開しており、海外売上比率は6割を超える。
概要

1872年明治5年)9月17日福原有信が東京・銀座に「資生堂薬局」創業商号の由来は、中国の古典『易経』の一節「至哉坤元 萬物資生(至れるかな、坤元。万物資(と)りて生ず。)」から。「資生」は中国清代の文献に良く見られ、近代の中国や日本で「economy」の訳語として用いられた時期もあった。

「新しく深みのある価値を発見し、美しい生活文化を創造する」という企業理念のもと、化粧品事業を中心に、トイレタリー事業やヘルスケア事業(美容健康食品一般用医薬品)、フロンティアサイエンス事業(医療用医薬品や美容医療クロマトグラフィー原材料事業)などを展開している。過去には生理用品や洗濯用洗剤歯磨剤も発売されていた(資生堂本体が手がけたケースと子会社が手がけたケースとがある)が、売上不振によりいずれも撤退している。

シンボルマークは「花椿」と呼ばれ、資生堂に関連する活動にも「椿」の名称が多用される。このシンボルは1987年昭和62年)に広告での使用を中止し、1989年(昭和64年/平成元年)以降は製品からも外すなど対外的な使用を取りやめ、使用範囲は株券などに限定されていた。2004年(平成16年)から方針転換し、復活している。資生堂のCMは基本的に「SHISEIDO」の欧文ロゴが冒頭の数秒間、画面下部に表示される。これは1970年(昭和45年)前期から始まったものである。ロゴのSの文字は積分記号のように上下を伸ばしている。

同社のコーポレートスローガンは「一瞬も 一生も 美しく」である。またかつてのスローガンには「ヒトを彩るサイエンス」などもあった。また、テレビ・ラジオ番組での提供クレジットでは長らく「東京・銀座 資生堂」というフレーズが用いられてきた。

第一勧銀グループの一員である。
沿革関東大震災後に建てられた仮設店舗資生堂銀座ビル東京銀座資生堂ビル。資生堂パーラーなどがはいっている。資生堂香港店

1872年(明治5年)9月17日 - 日本初の洋風調剤薬局として福原有信が東京・銀座(出雲町)に「資生堂薬局」創業。

1880年(明治13年) - 育毛剤の販売開始。

1888年(明治21年) - 日本初の練歯磨「福原衛生歯磨石鹸」発売。

1897年(明治30年) - 化粧品業界へ進出、高等化粧水オイデルミン」発売。

1902年(明治35年) - 東京・銀座の資生堂薬局内に、日本ではじめてソーダ水とアイスクリームの製造と販売を行う「ソーダ・ファウンテン」を開設、後に資生堂パーラーに発展。

1915年(大正4年) - 商標「花椿」制定。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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