言語純化
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固有語(こゆうご)とは、借用語外来語)でない当該言語に固有のまたは語彙を指す。日本語では和語大和言葉)がこれに該当する。日本語の文例では、「わたくしは学校にいく」のうち、借用語は名詞の「学校」だけで、他の「わたくし」(代名詞)「いく」(動詞)「は」「に」(助詞)はいずれも固有語である和語である。

固有語は語彙論、特に借用を論ずるときのキーワードになる概念であるが、「固有性」をどうとらえるかによって、その定義と議論の方向は大きく分かれる。ここでは「客観主義(本質主義)的アプローチ」と「主観主義的アプローチ」に分けて述べる。「固有性」の定義については、歴史学及び文化人類学において、「民族」の定義をめぐる論争の中で早くから焦点となっており、「固有語」概念についてもほぼパラレルに把握することが可能である。
目次

1 客観主義(本質主義)的アプローチ

2 主観主義的アプローチ

3 個別事例の解釈

3.1 客観主義的アプローチからの解釈

3.2 主観主義的アプローチからの解釈

3.2.1 固有語と借用語の力関係

3.2.2 固有語の「造語力」と借用語



4 言語純化運動と借用語論

5 脚注

6 関連項目

客観主義(本質主義)的アプローチ

客観主義的アプローチは、すべての言語には純粋な「固有性」が客観的に存在するという前提から出発する。語彙はその語源によって「固有語」と「借用語」とに区別することができ、語源の究明は、主には文献批判によって、また副次的には記述された音声言語資料の比較言語学的な分析に基づく内的再構、さらには祖語の構築によって、可能であると考える。

その上で、「固有語」はいわゆる基礎語彙(生活語彙)に、「借用語」は文化語彙(高級語彙・学術語彙)にふりわけられ、「固有語」と「借用語」との共時的な関係と歴史的形成過程が、個別言語ごとに、さらには上層言語(古典言語)と下層言語との関係にも留意しながら、記述される[1]

客観主義的アプローチは語源の遡及による語彙の客観的分類を自明の前提とする立場に立つため、「固有語」と「借用語」の境界も客観的、かつ固定的に決められると考える。またこれに付随して、借用や言語変化を主として言語内的な(すなわち客観的な)要因によって説明しようとする傾向がある。「(日本語の)漢字にはそれ自体に造語力があるが、和語による造語は音節数が多くなり、冗長になるからできない」といった理解[2]がこれにあたる。

このアプローチは、「民族」理論における客観的特徴による定義に対応するが、その後の「民族」理論(及びエスニシティ論)の発展状況と比べると、語彙借用の議論においては現在もなお大きな影響力を持っている。ただし、印欧語比較言語学の発展や日本の江戸期国学に典型的なように、「純粋な」「国民性」概念を成立させ、国民国家の思想的根拠の形成を促す役割を果たした点は指摘しなければならない。
主観主義的アプローチ

主観主義的アプローチにおいては、言語に純粋な「固有性」が存在するという前提は否定され、「固有性」は「外部性」ないし「他者性」との相互関係の中で、話者の(集団的かつ共時的な)主観によって決定されると考える。たとえば「和語」(大和言葉)とは「漢語」でも「外来語」でもない語彙を指し、自立的には定義できず、「和語」と「借用語」との境界は語源ではなく話し手がどう思うかで決まる、とする[3]

具体例を挙げると、しばしば指摘される「ぜに(銭)」「うま(馬)」や「きく(菊)」は、客観主義的アプローチではいずれも語源をさかのぼって「和語に間違えられやすい漢語」と分類され、読み自体も「訓読みとされることが多いが、本来は音読み」と認識されるのに対し、主観主義的アプローチでは、これらのいずれも現在では「訓読み」として分類されることが多く、実際の言語使用のレベルでも借用語(漢語)として意識されないのが常であるため、「和語」と考える(か、もしくはそのような個別の分類に関心を払わない)。

その上で、主観主義的アプローチは、それぞれの言語において「固有性」や「外部性」を含意するメタ言語的概念がどのように形成されてきたかを追究する言語思想史の構築をめざす。思想史研究である以上、借用の言語内的な要因よりも文化的、政治的脈絡を重視することになる。

このアプローチは「民族」理論における主観的な意識による定義に対応し、言語の「混成性」を重視するピジンクレオール研究に極めて親和的である。語彙論に特化した具体的な研究成果はまだ少ないが、近年の「国語」批判の観点から、すでに酒井直樹[4]子安宣邦[5]などによる理論的な指摘がある。


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