解離性同一性障害
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「多重人格」はこの項目へ転送されています。1995年アメリカ合衆国の映画については「多重人格 (映画)」をご覧ください。

解離性同一性障害
概要
診療科精神医学, 心理学
分類および外部参照情報
ICD-10F44.8
ICD-9-CM300.14
MeSHD009105
[ウィキデータで編集]

解離性同一性障害(かいりせいどういつせいしょうがい、: Dissociative Identity Disorder ; DID)は、解離性障害のひとつである。かつては多重人格障害(: Multiple Personality Disorder ; MPD)と呼ばれていた[注 1]

解離性障害は本人にとって堪えられない状況を、離人症のようにそれは自分のことではないと感じたり、あるいは解離性健忘などのようにその時期の感情や記憶を切り離して、それを思い出せなくすることで心のダメージを回避しようとすることから引き起こされる障害であるが、解離性同一性障害は、その中でもっとも重く、切り離した感情や記憶が成長して、別の人格となって表に現れるものである。

DSM?5では、解離性同一症の診断名が併記される。
定義「精神障害#定義」も参照

解離」には誰にでもある正常な範囲から、治療が必要な障害とみなされる段階までがある。不幸に見舞われた人が目眩を起こし気を失ったりするが[1]これは正常な範囲での「解離」である。さらに大きな精神的苦痛で、かつ子供のように心の耐性が低いとき、限界を超える苦痛や感情を体外離脱体験や記憶喪失という形で切り離し、自分の心を守ろうとするが、それも人間の防衛本能であり日常的ではないが障害ではない。解離は防衛的適応ともいわれるが[注 2]一過性のものであれば、急性ストレス障害 (ASD) のように時間の経過とともに治まっていくこともある。この段階では急性ストレス障害と診断されない限り、「障害」とされることは少ない。

しかし防衛的適応も慢性的な場合は反作用や後遺症を伴い、複雑な症状を呈することがある。障害となるのは次のような段階である。状況が慢性的であるがゆえにその状態が恒常化し[注 3]、子供の内か、思春期か、あるいは成人してから、何かのきっかけでバーストしてコントロール(自己統制権)を失い、別の形の苦痛を生じたり、社会生活上の支障まできたす。これが解離性障害である。

解離性同一性障害(以下DIDと略)はその中でもっとも重いものであり、切り離した自分の感情や記憶が裏で成長し、あたかもそれ自身がひとつの人格のようになって、一時的、あるいは長期間にわたって表に現れる状態である。しかしDIDの人の中には、長期にわたって「別人格」の存在や「人格の交代」に気づかない人も多い。深刻度はさまざまであり、中には治療を受けるも、特別に問題をおこすこともなく、無事に大学を卒業し、就職していくものもいる[2]

しかし深刻な場合には、例えば「感情の調整」が破壊されることからさらに二次的、三次的な派生効果が生まれ、衝動の統制、メタ認知的機能、自己感覚などへの打撃となり、そうした精神面の動きや行動が生物学的なものを変え[3]、それがまた精神面にも行動面にも跳ね返ってくるという負のスパイラルに陥る。うつ症状摂食障害薬物乱用アルコール依存症もこれに含まれる)[4]、転換性障害を併発することがあり[5]、そして不安障害パニック障害)、アスペルガー障害境界性パーソナリティ障害統合失調症てんかんによく似た症状をみせ[6]リストカットのような自傷行為に留まらず、本当に自殺しようとすることも多い。スピーゲル (Spiegel,D.) は、その深刻なケースを念頭においてだが、次のように述べている。「この解離性障害に不可欠な精神機能障害は広く誤解されている。これはアイデンティティ、記憶、意識の統合に関するさまざまな見地の統合の失敗である。問題は複数の人格をもつということではなく、ひとつの人格すら持てないということなのだ。」[注 4]

一般に多重人格といわれるが、ひとつの肉体に複数の人間(人格)が宿ったわけではない。あたかも独立した人間(人格)のように見えても、それらはその人の「部分」である。これを一般に交代人格と呼ぶが、そのそれぞれがみなその人(人格)の一部なのだという理解が重要といわれる。それぞれの交代人格は、その人が生き延びるために必要があって生まれてきたのであり、すべての交代人格は何らかの役割を引き受けている[7][注 5]

治療はそれぞれの交代人格が受け持つ、不安、不信、憎悪その他の負の感情を和らげ、逆に安心感や信頼感そしてなによりも自信、つまり健康な人格を育て、交代人格間の記憶と感情を切り離している障壁[注 6]を下げていくこととされる。しかし交代人格は記憶と感情の水密区画化[注 7]、切り離しであるため、表の人格にとっては健忘となり、先述の通り当人に自覚がない場合も多い。自覚があっても治療者を警戒しているうちは交代人格は姿を現さない[8]。また治療者が懐疑的であったりするとやはり出てこない[9]。逆の表現をすると「DID患者に一度出会うと、すぐ次のDID患者に出会う」[10]。DIDはそれを熟知した精神科医臨床心理士が少ないこともあり、他の疾患に誤診されやすい。
解離の因子

解離の因子を最初に整理したものとして1984年にリチャード・クラフト (Kluft,R.)が発表した四因子論があり、そこでは解離能力/催眠感受性などの「解離の資質」が前提とされていたが、現在ではニュアンスが変わっている。ここではまず解離を生むストレス要因を見てから、解離の資質、解離しない能力についてまとめる。
解離を生むストレス要因

生理学的障害ではなく心因性の障害である[注 8]。心因性障害の因果関係は外科や内科のように明確に解明されているわけではなく、時代により人によって見解は統一されていない。治療の方向性はある程度は見えてきてはいるものの最終的には試行錯誤である[注 9]。むしろ多因性と考え、あるいは一人一人違う[11]と考えた方が実情に即しており、以下もあくまで一般的な理解のまとめに留まる。

解離性障害となる人のほとんどは幼児期から児童期に強い精神的ストレスを受けているとされる。ストレス要因としては、(1)学校や兄弟間のいじめ、(2)親などが精神的に子供を支配していて自由な自己表現ができないなどの人間関係、(3)ネグレクト、(4)家族や周囲からの児童虐待心理的虐待身体的虐待性的虐待)、(5)殺傷事件や交通事故などを間近に見たショックや家族の死などとされる[注 10]。この内、(4)(5)がイメージしやすい心的外傷(トラウマ)である。

1980年代頃の北米の事例で象徴的なのは慢性的な(4)のケースである。パトナム (Putnam,F.W.) は1989年には児童虐待がDIDを「起こす」と証明されたわけではないが、DIDと心的外傷、なかんずく児童虐待との因果関係を疑う治療者はひとりたりともいないと云ったが[12]、同時にそれ以外の児童期外傷として(5)の「地域社会の暴力」「家庭内暴力」「戦争と内乱」「災害」「事故と損傷」もあげている[13][注 11]

(3)のネグレクト (neglect) を原因とするDID症例も多く、ネグレクトは虐待とセットで論じられることも多い。ネグレクトというと「養育放棄」の重いもの、「充分な食事を与えない」「放置する」というようなイメージが強いが、意味するところは広く、経済的事情・慢性疾患などで子供の感情に対する応答ができないなども含めて、精神の発達に必要な愛情その他の養育が欠如している状態を指す。ネグレクトも心的外傷 (trauma) に含めてそれを陰性外傷 (negative trauma) と呼び、通常の虐待を陽性外傷 (positive trauma) と呼ぶこともある[14][15][16]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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