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規定打席(きていだせき)は、プロ野球でリーグが発表する打撃ランキングの対象となるために必要な打席の数である。 日本野球機構 (NPB) およびメジャーリーグ (MLB) は、規定打席を次のように定めている[1]。 規定打席数に達しているかどうかが、打者として1シーズンを通じて起用されたか否かの基準とされる場合もある。 NPBのファーム組織(イースタン・リーグ、ウエスタン・リーグ)の規定打席は、上記「3.1」を「2.7」と読み替える。 原則として首位打者と最高出塁率は規定打席を満たした選手が対象となるが、次のような例外規定がある[1]。 「ただし、必要な打席数に満たない打者でも、その不足数を打数として加算し、なお最高の打率、長打率、出塁率になった場合には、この打者がリーグの首位打者、最高長打率打者、最高出塁率打者となる。」 規定打席に足りない分をすべて凡打であったとみなして打率・長打率・出塁率を算出し、規定打席到達者の打率・長打率・出塁率の1位を上回れば、規定打席未満でも首位打者・最高長打率打者・最高出塁率打者と認定される。このとき残る記録は不足打席数を加えないときの打率・長打率・出塁率である。 この例外規定について首位打者は1967年、最高長打率は1984年、最高出塁率は2008年から適用されている。最高長打率はリーグの公式な表彰項目としない。首位打者はMLB[2] や日本のイースタン、ウェスタン両リーグで例外規定が適用された打者がいるが、セントラル、パシフィック両リーグの一軍では例がない。最高長打率は2003年のロベルト・ペタジーニ[3]、2011年の阿部慎之助[4]、2019年のジュリスベル・グラシアル[5] の3例がある。最高出塁率は2003年のペタジーニが出塁率.457で、不足分を加算しても出塁率.436で、規定打席到達者1位(福留孝介の.401)を上回る例があったが、当時は上記の通り最高出塁率について例外規定が無く同年の最高出塁率は福留である。例外規定適用で最高出塁率打者と公式に認定された例はない。 規定打席と同数の打席数で首位打者を獲得した打者は1975年の白仁天(太平洋クラブライオンズ)、1981年の藤田平(阪神タイガース)、1991年の平井光親(ロッテオリオンズ)の3人がいる。 この例外規定が適用されるのは、不足する打席数を打数に加えてなお首位打者、最高長打率打者、最高出塁率になる場合のみである。それ以外の場合は打率・長打率・出塁率の上位であってもランキングに名前が載らない。 メジャーリーグでは原則として全試合中3分の2以上出場が規定条件であったが、1942年にアーニー・ロンバルディがわずか309打数(105試合出場)で首位打者になったことから、1950年から打数x2.6が規定条件になった。(当時は154試合制であったため、全試合消化時には400打数が条件となる。) 日本プロ野球でも戦後一時期まで打数が規定条件であったが、メジャーリーグで1954年、テッド・ウィリアムズが首位打者となったボビー・アビラ 採用当初は現在と同じくチーム試合数に3.1をかけた値を到達すべき規定打席としたが、端数が出ることを嫌ってか翌1958年は両リーグとも400を規定打席とした。ところが、この年のセ・リーグで児玉利一(大洋)と大和田明(広島)が共に401打席で規定打席到達となったため(130試合制のx3.1倍=403打席には足りない。児玉は打撃ベスト10の9位に入った)、1959年以降は再びチーム試合数に3.1をかけた値を到達すべき規定打席として現在に至る。3.1の数字の由来は諸説不明である。 2004年と2008年は夏季オリンピックの野球競技にプロ野球の選手を派遣したことに伴い、五輪派遣選手の規定打席の算出基準となる試合数は所属球団の総試合数から派遣期間中の試合数を減じたものとする特別措置が設けられた。この措置の適用で規定打席到達を認められた打者は以下の通り。 選手名所属打席数措置適用後の規定打席 ※これにより、森野とG.G.佐藤は共に自身初の打率3割到達となった。 2009年から規定打席の端数 年規定 年セントラル・リーグパシフィック・リーグ 下位3球団:270)
概要
シーズン中の所属チームの試合総数の3.1倍(小数点以下四捨五入、2008年までは小数点以下切捨て)以上
例外規定
過去の規定打席
2004年(正規の規定打席はセントラル・リーグが427、パシフィック・リーグが412)
宮本慎也(ヤクルトスワローズ、390打席)
福留孝介(中日ドラゴンズ、404打席)
藤本敦士(阪神タイガース、419打席)
金子誠(北海道日本ハムファイターズ、372打席)
2008年(正規の規定打席は両リーグとも446)
森野将彦中日412403
新井貴浩阪神410387
矢野輝弘阪神404403
G.G.佐藤西武432396
1リーグ時代
1936秋打数55
1937春打数101
1937秋打数100
1938春打数101
1938秋打数100
1939打数200
1940打数250
1941打数201
1942打数300
1943打数240
1944打数100
1946打数300
1947打数330
1948打数400
1949打数300かつ試合数100
2リーグ分立後
1950打数300かつ試合数100打数300
1951打数280打数(チーム試合数×2.5)
1952打数300打数(上位4球団:300、
1953打数325打数300
1954打数338打数360
1955打数335打数360
1956打数338打数400
1957打席403打席409
1958打席400打席400
1959 - 1960打席403打席(チーム試合数×3.1)
1961打席403打席434
1962打席(チーム試合数×3.1)打席(チーム試合数×3.1)
1963 - 1964打席434打席465
1965打席434打席434
1966 - 1968打席(チーム試合数×3.1) [6]打席(チーム試合数×3.1)
1969 - 1989打席403打席403
1990 - 1996打席(チーム試合数×3.1)打席403
1997 - 2000打席(チーム試合数×3.1)打席418
2001打席434打席434
2002打席434打席434
2003打席434打席434
2004打席427 [7]打席412 [7]
2005打席452打席421
2006打席452打席421
2007打席446 [8]打席446[8]