「複動式機関」とは異なります。
複式機関(ふくしききかん、英語: compound engine)は、蒸気機関の種類の1つで、蒸気を2段階またはそれ以上の多段階に分けて膨張させるものである[1][2]。 複式機関の通常の構成では、まず蒸気は高圧シリンダーあるいはタービンで膨張して熱と圧力を運動エネルギーに変換し、続いて低圧シリンダーあるいはタービンに送られて再度熱と圧力を運動エネルギーに変換する。このため、これらのシリンダーやタービンは直列に動作すると言われることがある。これに対して蒸気を1回で膨張させる単式機関では、複数のシリンダーやタービンに蒸気を分配して同時に動かすことがあるが、これらは並列に動作すると言われる。 単式で給汽圧と排汽圧の著しい差圧から十分にエネルギーを得ようとすれば、レシプロ式では大きなシリンダー部全体を高圧に耐える丈夫な物が求められ、トルクの平準化や振動・騒音の削減を求めれば複式と同じく多気筒化が必要になり、タービン式では高圧と低圧という異なる工学的要求を1つのケース内で実現する必要に迫られる。両方式とも大きな差圧によって排汽時に凝縮水が生じるとエネルギー損失となり[3]、機関内で障害とならないようにこの水を素早く排除する必要が生まれる。複式機関はこういった不都合を避けるために生まれた。 ピストンの上下の吸気口から蒸気を供給する複動式機関 (double-acting cylinder)との混同に注意。 鉄道の機関車において、複式機関の主な利点は、より長いサイクルで温度と圧力を変換して効率を上げ、燃料と水を節約して高い出力/重量比を達成できる点である。さらに、トルクが平坦化される結果、多く乗り心地が改善され軌道への影響が少なくなる。急勾配かつ軸重が低い場合、複式機関車が最も現実的な解と考えられたが、最適性能を発揮するには熟練した操作のために各々の機関車に専任機関士を配置する必要が生じ、利便性を下げてしまうことになった。蒸気機関車時代の末期、アンドレ・シャプロンやリビオ・ダンテ・ポルタなど、この分野の研究者もこうした問題に直面した。複式機関車の設計には、熱力学や流体力学の的確な知識が重要であるにもかかわらず、設計者がこれを欠く事が多かったため、過去の設計の多くは最適とは言い難いものとなった。20世紀初頭に製造された機関車で特この傾向が顕著で、必ずしも複式機関特有の問題ではなかったが、長い蒸気流路の途中で温度低下と凝縮が起きやすいこの種の機関で特に影響が大きかった。1929年以降、古い機関車を改造する際、シャプロンは蒸気流を改善し、蒸気温度が下がらないように大型の過熱器を取り付けるなどして、出力と効率性を大幅に、しかも安価に改善した。さらに温度をより一定に保つため、高圧シリンダーと低圧シリンダーの間に再過熱器(リヒーター)とスチームジャケットの付いたシリンダーを試験用の貨物機関車、160 A 1型に取り付けた。再過熱はポルタの改造機「プレシデンテ・ペロン/アルヘンティーナ」でも取り入れられている。単式機関の支持者は、シリンダーを早めにカットオフ 機関車用のレシプロ式では多くの複式機関の構成があるが、高圧と低圧のピストンがどのような位相関係になっているかに応じて2種類の基本形に分類することができる。高圧側の排気が直接高圧シリンダーから低圧シリンダーに流れ込むもの (Woolf compounds) と、圧力変動が蒸気だめやレシーバーと呼ばれるパイプの形で中間のバッファー空間を必要としているもの (receiver compounds) である。 複式機関に関する一番大きな問題はエンジン単体では自己起動できないという始動に関する問題である。始動時に全てのシリンダーを蒸気で動かすためには蒸気を高圧シリンダーだけではなく高圧シリンダーを迂回し減圧した状態で低圧シリンダーにも送り込むことが望ましい。このため特許がとられた多くの複式機関システムは何らかの始動機構に関連している。ド・グレン式4シリンダーシステムは、高圧と低圧で独立したカットオフを設定でき、lanterneと呼ばれるロータリーバルブにより高圧グループと低圧グループを独立して動作させたり組み合わせて動作させたりできるものがある。他のほとんどのシステムは、様々な種類の始動弁を採用している。別の問題は、2つのシリンダーグループの弁装置が完全に独立しているか何らかの形で連携しているかという点である。 複式機関の構成には様々な種類のものがある。以下に蒸気機関車での構成例を示す。カッコ内はその方式を使った代表的な技術者。
概要
機関車
鉄道の蒸気機関車でのレシプロ式複式機関では各シリンダーのピストンの力を釣り合わせるために、高圧シリンダーと低圧シリンダーの容積の比を慎重に決定する必要がある。通常、低圧シリンダーの直径とストロークの長さのどちらかあるいは両方が大きくされる。サイクル中で凝縮の起きない機関では、高圧対低圧の容積比は通常1対2.25である。ギアードロコでは、シリンダー容積は低圧側ピストン速度を速くすることでおおよそ同じにできる。
船舶
蒸気船で19世紀末以降に使われた船舶用のレシプロ式蒸気機関では、高圧・中圧・低圧シリンダーを備えた3段膨張式が主体であった。機関車と異なり、これら複数のシリンダーが1基の蒸気エンジン内に納められ、ストローク長ではなくシリンダー径によって順に減じる圧力と得られる回転トルクとの整合を図った[3]。
蒸気機関車の複式化の背景
機関車用複式機関の構成
機関車用複式蒸気機関の構成ボークレイン式4シリンダー複式機関車、ミルウォーキー鉄道のA2型No. 919
2シリンダー複式機関
2シリンダー、高圧と低圧が交互に入れ替わる「連続膨張機関車」(サミュエル (Samuel)/ニコルソン (Nicholson))[4]
高圧シリンダー1、低圧シリンダー1(マレー、ボークレイン (Vauclain
これらのシリンダーは、2以上の軸を駆動するためにずらされていたり、1軸に集中するために一列に並んでいたり、共通のクランクを駆動するために高圧シリンダーと低圧シリンダーが縦列になっていたりする。最後のシステムは20世紀初頭のアメリカ、特にアッチソン・トピカ・アンド・サンタフェ鉄道で採用されていた。 トーマス・ニューコメンの蒸気機関をコーンウォールに建設した人物の1人の孫にあたる、ジョナサン・ホーンブロワー (Jonathan Hornblower
機関車用蒸気機関の歴史
初期の経験
効率を下げることにつながる単式蒸気機関の連続した加熱と冷却の程度を抑える方法は、1804年にイギリスの技術者であるアーサー・ウールフ (Arthur Woolf
) によって発明された。ウールフは定置式のウールフ高圧複式機関について1805年に特許を取得した。1850年には、イースタン・カウンティーズ鉄道 (Eastern Counties Railway) の技術者であったジェームズ・サミュエル (James Samuel) が蒸気機関車を複式にする方法である「連続膨張機関車」について、特許番号13029で特許を取得した。しかしながらこのアイデアはその路線の機関士であったジョン・ニコルソン (John Nicholson) によるものであると思われる。このシステムでは、2つのシリンダーは高圧と低圧を交互に入れ替わるようになっており、この入れ替わりはストロークの途中で起きるようになっていた。2両の機関車(旅客用と貨物用1両ずつ)がこの方式に改造されたが、それ以上の使用例はなかった[6]。
上述した機関車が厳密に言って複式であるかどうかは議論の余地がある。最初のはっきりとした機関車における複式機関の適用は、エリー鉄道のNo.122で、通常のアメリカン型機関車に1867年にタンデム式複式機関をJ.F.レイ (J.F. Lay)の特許番号70341に基づいて取り付けたものである[7]。この機関車のその後については全く分かっておらず、おそらく同形式は製作されていないものと思われる。
マレー式詳細は「マレー式機関車」を参照
こうした単発的なケースを除けば、最初の実用的な複式機関の機関車への適用として知られているのは、アナトール・マレーが1876年にバイヨンヌ-アングレット-ビアリッツ鉄道 (Bayonne-Anglet-Biarritz) 向けに小型の2シリンダー複式車軸配置0-4-2のタンク機関車を複数導入したものである。これは完全に成功を収め、長らく使用された。マレーはまた、高圧シリンダーと低圧シリンダーを独立に駆動する方式の複式の仕組みをいくつか考案した。