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藤林 広超(ふじばやし こうちょう、1888年(明治21年)12月25日 - 1984年(昭和59年)3月12日[1])は、日本の中国文学者、真宗大谷派僧侶。 1911年、第三高等学校を卒業。1914年、京都帝国大学中国文学科を卒業。同志社大学教授、同志社女専講師を歴任。僧侶としては西宗寺(京都府京都市下京区)の住職を務めていた。 大正のおわりごろ現地で購入して以来、長年親しんできた中国の李汝珍の小説『鏡花縁』の翻訳を、大学を退官した70歳のとき(1968年)に決意、以後20年以上の歳月を掛けてこれを翻訳し、92歳のとき(1980年)これを出版した。
来歴
著書
編集
『白話篇』平野書店〈支那文学読本 第3冊〉、1933年1月。
『大学・中庸・孝経』平野書店、1934年4月。
『漢文 第1輯』平野書店、1938年9月。
『枳北遺稿』西宗寺、1939年11月。
『支那文学読本』平野書店、1940年5月。
翻訳
李汝珍『鏡花縁 則天武后外伝』講談社、1980年8月。
脚注[脚注の使い方]^ 「藤林 広超氏(ふじばやし・こうちょう=元同志社大教授)」『読売新聞』、1984年3月13日、23面。
参考文献
藤林広超 訳『鏡花縁』講談社 1980年
「中国清代後半の大河小説「鏡花縁」初めて全訳 20年の歳月かけて 92歳を迎える藤林元同大教授」 『京都新聞』夕刊 1980年11月20日
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