薬物動態学
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薬物動態学(やくぶつどうたいがく、英語: pharmacokinetics)は、生体に投与した薬物の体内動態とその解析方法について研究する学問である。
薬力学と薬物動態学

薬物療法基盤となる学問薬理学 (pharmacology) という。生体に対して影響を与える化学物質を薬物 (drug) と総称する。臨床で用いられる治療薬は薬物の一部である。薬物が生体に対して及ぼす作用を薬理作用 (pharmacological effect) という。薬理学において薬理作用のメカニズムを研究する学問領域を薬力学 (pharmacodynamics) という。薬物は分子であり生体内の分子と相互作用して作用を現す。薬物が結合する生体内分子を受容体(receptor)と総称する。したがって、薬理作用は薬物と受容体の分子間相互作用からはじまる。特に治療薬の場合は、最終的に個体において十分な効果があるかどうかで判定される。このことから薬理学では分子レベルの薬物の作用が個体レベルに反映されるまでの、細胞レベル、組織レベル、そして臓器レベルでも薬理作用を理解する必要がある。

一方、薬物を個体に投与して期待する効果を得るためには、薬物をどれくらいの量、いつ投与をすればよいかを決定する必要がある。経口投与静脈注射かそれとも経皮投与かなどの投与方法も判断しなければならない。したがって、投与した薬物が体内にどのように吸収され、各臓器や組織に分布して、どのくらいの速さでどこから排泄され、標的部位にどのような時間経過で到達するのかを理解する必要はある。このような薬物の生体内動態に関する薬理学の領域を薬物動態学 (pharmacokinetics) という。これは生体が薬物に対してどのような作用を及ぼすかを研究する学問領域といえる。薬力学的作用に個体差があるのと同様に、薬物の生体内動態にも個体差があり、これも薬理作用の個体差が生じる原因となっている。また、薬物を標的とする組織に効率よく送達させる薬物送達システム(drug delivery system、DDS)についても開発が進んでいる。

薬物動態学では薬物の生体内動態を吸収 (absorption)、分布 (distribution)、代謝 (metabolism)、排泄 (excretion) の4つに分けて分析をする。この4つの頭文字をとりADME(日本ではアドメと呼称される)といわれる。
吸収

薬物は全身の様々な部分から投与される。全身的な作用を期待して投与された薬物は投与された部位から全身循環に移行し、その後、作用発現部位に到達する。このように血管外に投与された薬物が全身循環に到達する過程を吸収(absorption)という。例えば、経口製剤(錠剤やカプセル剤)が投与された場合には、その製剤は消化管内で崩壊し、製剤中の薬物は主に小腸から吸収され血液中に入る。また非経口投与(経皮吸収型製剤や皮下や皮内注射など)では薬物はまず投与部位に近い末梢血管中に到達する。
指標
バイオアベイラビリティ

薬物の吸収の指標としてはバイオアベイラビリティ (bioavailability) が知られている。血管外に投与された薬物はいったん全身循環血中に入り作用部位に到達する。そのため、循環血中の薬物濃度(血中薬物濃度)が薬物の作用を反映すると考えられる。血管外に投与された薬物は吸収されて血中に入るが、投与された薬物の全てが血中に入るわけではないことから、投与された薬物のどのくらいの割合が全身循環血中に到達したかが、薬物の効果を考える上で重要となる。この血管外投与された薬物が全身循環血中に入る割合をバイオアベイラビリティ(生体内利用率)という。静脈注射した場合、定義上バイオアベイラビリティは1になる。

またバイオアベイラビリティは生物学的同等性を示す時に用いられることがある。2つの医薬品が同等であると確認する方法のひとつは2つの医薬品の有効性や安全性を確かめることである。このことを治療学的同等性という。もう一つの同等性を確認する方法は2つの医薬品間でバイオアベイラビリティの量と速度が等しい場合に「生物学的同等性を示している」という。生物学的同等性が得られていれば新規医薬品の有効性や安全性は新たに臨床試験を実施しなくとも、「既存の医薬品と治療学的に同等であるとみなすことができる」と考えることが科学的かつ合理的であるとされている。既存製剤の処方や含量を変更する場合、剤形を変更する場合、後発医薬品などについて生物学的同等性試験についてガイドラインが出されている。
初回通過効果

経口投与した薬物は小腸上部で吸収され門脈に入る。その場合は消化管粘膜の上皮細胞において代謝される場合がある。さらに門脈血から肝臓に入った薬物の一部は肝臓により代謝を受けたり、排泄されたりする。このように薬物が全身循環血に移行する過程でおこる消失(代謝や排泄)のことを初回通過効果(first-pass effect)という。

消化管上皮の薬物代謝酵素発現量は肝臓よりも低く血流量も少ないため、全身クリアランスへの関与は少ない。しかし薬物が経口投与される場合は消化管で吸収された薬物は消化管粘膜を通過する。消化管上皮には主としてCYP3A分子種が発現しているので上皮細胞内に吸収されたCYP3A基質薬物は上皮内で一部が代謝を受け代謝を免れた薬物が門脈に移行する。門脈に移行した薬物は肝臓でさらに代謝を受ける。つまり、経口投与された薬物は消化管粘膜と肝臓で2段階の代謝を受ける
機構

消化管などの生体バリアを通過する場合は経細胞経路または傍細胞経路通過する必要がある[1]
経細胞経路

投与された薬物が経細胞経路で血管内に移行するには生体膜を透過する必要がある。生体膜の構造は流動モザイクモデルにより説明される。すなわち、このモデルでは脂質の極性の頭部が外側(水層側)に位置し、疎水性の脂肪酸同士が向かい合う形で二重膜を形成している。そして二重膜の中に種々の機能をもつ蛋白質が存在するという構造である。薬物が生体膜を透過する機構は、輸送を推進する力(駆動力)の有無によって、大きく受動輸送能動輸送に分けられる。受動輸送にはトランスポーターを介する促進拡散とトランスポーターを介さない単純拡散が知られている。また能動輸送も一次性能動輸送と二次性能動輸送が知られている。また蛋白質や多糖など高分子を輸送する機構では生体膜が形態変化を起こしながら物質を輸送する膜動輸送があり、細胞外から細胞内へとりこむ場合をエンドサイトーシス、細胞内から細胞外へ輸送する場合はエキソサイトーシスとよぶ。
傍細胞経路

吸収促進薬を用いることで傍細胞経路を制御することで高分子医薬品を経腸投与できるようなる可能性がある。
投与経路

薬物は目的により様々な経路から投与される。投与経路(route of administration)により吸収速度や分解の有無などが異なる。投与経路は大きく分けて経口投与と非経口投与に分けられる。また薬物が全身に作用することを目的とする場合は全身投与 (systemic administration) といい、限局された部位のみに作用することを目的とする場合、局所投与 (local administraton) という。
経口投与 (oral administration、per os、p.o)

経口投与は最も基本的な薬物の投与経路である。多くの薬物は胃腸管粘膜からの吸収を目的にして口から摂取される。経口投与の利点は安全、簡便かつ経済的であること。用量、剤形を比較的自由に選択できること、繰り返し投与が容易にできることがあげられる。患者の協力がなければ投与できないこと、意識障害、嘔気、嘔吐がある時は使用できないこと、投与した薬物が消化酵素によって分解されることがあること、吸収された後、門脈系を通り肝臓で分解される(初回通過代謝)こと、消化管内pHの変化により吸収が変わることがある。薬物の血漿濃度が高まるまで潜時があるといった点が逆に制限となる。
消化管からの吸収

経口投与の薬物の吸収に関係する消化管の部位は主に小腸大腸である。なかでも通常の低分子化合物の医薬品を経口投与した場合は薬物の大半は小腸上部から吸収される。経口投与される多くの低分子化合物が弱電解質であり水溶液の状態では非イオン形とイオン形が一定の割合で存在する。非イオン形は一般にイオン形に比べ脂溶性が高いため生体膜を通過しやすい。脂溶性薬物が受動拡散によって吸収される場合、その吸収の程度は吸収がおこわなれる部位の面積(消化管の内壁面積)、運動性(薬剤滞留性の大小)、血液量(吸収後の濃度勾配)またはその部位に残留する薬物濃度などの要因によって規定される。
小腸上部

小腸には輪状のひだの表面に絨毛と呼ばれる無数の小突起が存在する。絨毛の中には毛細血管やリンパ管が数多くあり、またその外側には単層の上皮が存在する。上皮細胞の表面にはさらに微絨毛と呼ばれる小さな突起があり刷子縁膜と呼ばれている。このような構造から小腸内腔の表面積は著しく広くなっており、小腸を単なる円筒と考えた場合に比べ、微絨毛構造がある場合では約600倍にも達する。さらに小腸上部には各種トランスポーターも多く存在する。これらのことは小腸上部からの薬物吸収が有利である理由とだと考えられている。

胃は小腸のような絨毛構造がないため、表面積は大きくなく、吸収に有利な部位ではない。しかし胃内のpHは1?3であるため酸性薬物はある程度吸収される。
小腸下部、大腸

小腸下部や大腸では、薬物は小腸上部で吸収されている場合が多く、実際の吸収は少なくなる。また大腸では小腸のような絨毛構造を持たず、総表面積は小さい。しかし小腸下部や大腸は小腸上部よりもpHが高く、塩基性薬物はこれらの部位でもかなり吸収される。
消化管における吸収に影響を与える因子

消化管における薬物の吸収に影響を与える因子には生理的な要因と薬物の物理化学的な要因が知られている。
薬物の物理化学的な性質

薬物の物理化学的性質は、薬物の吸収に大きな影響を与える。薬物の脂溶性やpKaの他、薬物の分子量水素結合能、薬物の表面構造なども薬物の溶解性や膜透過性に影響し、薬物の消化管からの吸収のしやすさを規定する。また薬物の結晶径や結晶多型などが吸収に影響を及ぼす。物理化学的な特性で最も重要なのは溶解性と膜透過性である。薬物の溶解性と膜透過性のそれぞれの高低について4つにクラスに分類するbiopharmaceutics classification system (BCS) が提唱されている[2]。BCSにおいてclass1の薬物は溶解性と膜透過性がいずれも高く最もよい吸収性を示すと考えられている。一方class4に分類される薬物はトランスポーターの基質にならない限り経口投与後の吸収性が最も悪く経口製剤としての開発は困難である。
Class 1

Class 1に属する薬物は高い溶解性と高い膜透過性を示す。良好な経口吸収性が期待でき、個体間の吸収のばらつきが小さい。
Class 2

Class 2に属する薬物は低い溶解性と高い膜透過性を示す。薬物の溶解過程が吸収の律速となる。投与量と吸収率は比例せず、食後投与で吸収率が増加する場合がある。


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