蓮見清一
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蓮見 清一(はすみ せいいち、1942年12月22日[1] - 2023年12月14日)は、日本実業家宝島社創業者。
経歴

1942年12月14日関東州(現中華人民共和国大連市出身[1]1962年早稲田大学政治経済学部に入学。

1971年、株式会社ジェー・アイ・シー・シーを設立。1974年に、晶文社より権利を取得、月刊誌『宝島』を復刊。1993年、株式会社ジェー・アイ・シー・シーを、株式会社宝島社に名称変更。2010年10月28日テレビ東京放送の『カンブリア宮殿』に出演[2]

2023年12月14日心不全のため東京都内の自宅で死去[3]。80歳没。
エピソード

学生時代には
革マル派学生運動を行っていた。

60歳から乗馬を始め、耐久レースエンデュランス馬術競技の「テヴィス・カップ」の連続完走記録を持つ[4]。妻の蓮見明美による『アラビアン・ホースに乗って: ふたりで挑んだ遥かなるテヴィス』(洋泉社、2004年6月)はその初挑戦の記録である。

脚注^ a b “宝島社社長・蓮見清一さん死去 80歳 『宝島』『CUTiE』創刊、2010年に『sweet』が100万部を達成”. 北國新聞. (2023年12月18日). https://www.hokkoku.co.jp/articles/-/1267865 2023年12月18日閲覧。 
^カンブリア宮殿 - 売れる雑誌を創れ!宝島社の挑戦
^ “宝島社創業者で社長の蓮見清一さん死去 「別冊宝島」シリーズなど”. 産経新聞. (2023年12月18日). https://www.sankei.com/article/20231218-K7XLDUQITBMC7DAACTIDQTJMR4/ 2023年12月18日閲覧。 
^蓮見清一TEVIS CUP 8回連続完走の記録。アラビアン・ホース・ランチ

外部リンク

カンブリア宮殿 - 売れる雑誌を創れ!宝島社の挑戦


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