菊池雄星
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菊池 雄星トロント・ブルージェイズ #16
シアトル・マリナーズ時代
(2019年6月8日)
基本情報
国籍 日本
出身地岩手県盛岡市
生年月日 (1991-06-17) 1991年6月17日(31歳)
身長
体重6' 0" =約182.9 cm
200 lb =約90.7 kg
選手情報
投球・打席左投左打
ポジション投手
プロ入り2009年 ドラフト1位
初出場NPB / 2011年6月12日
MLB / 2019年3月21日
年俸$16,000,000(2022年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)


花巻東高等学校

埼玉西武ライオンズ (2010 - 2018)

シアトル・マリナーズ (2019 - 2021)

トロント・ブルージェイズ (2022 - )

派遣歴


メルボルン・エイシズ (2011)

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菊池 雄星(きくち ゆうせい、1991年6月17日 - )は、岩手県盛岡市出身のプロ野球選手投手)。左投左打。MLBトロント・ブルージェイズ所属。愛称は「U Say」他(後述)。

妻は元アナウンサーの深津瑠美[2]。代理人はスコット・ボラス
経歴
プロ入り前

小学3年生の時に見前タイガースで一塁手として野球を始める[3]

盛岡市立見前中学校在学中は盛岡東シニアでプレー。この頃から本格的に投手へ転向した。3年春に岩手大会準優勝。東北選抜の一員に選ばれ、全国大会優勝に貢献。花巻東高等学校に進学[3]

高校1年時、第89回全国高等学校野球選手権大会に出場。一回戦・新潟明訓高戦にリリーフ登板し5回を1失点に抑えるもその1点が決勝点になりに0対1で敗退[4]。この試合では145km/hの速球を投げたが、速球にこだわりすぎたことにより制球が乱れ、秋の県大会では1回戦で敗退した[5]。2年春には球速も149km/hまでアップし、腰痛の不安で公式戦初先発となった2年春の東北大会準々決勝・仙台育英戦では6対2で完投勝利した[6]。夏は県大会準々決勝で敗退。秋の岩手県大会では決勝で一関学院を7-1でくだし優勝するも、東北大会は優勝した光星学院に準決勝で敗れ、ベスト4に留まる。

3年春、秋の試合内容が高く評価され、東北大会で準優勝の一関学院を逆転する形で[7]第81回選抜高等学校野球大会に出場。初戦の鵡川高戦では最速152km/hを記録、9回一死まで無安打の投球で2安打完封[8]。2回戦明豊高戦では9安打を打たれたが、勝負どころでは凄みを見せ2試合連続の完封[8]。準々決勝・南陽工戦ではビハインドの状況でリリーフ登板、4回無失点で逆転勝利[9]。準決勝・利府高戦では2点本塁打を打たれ初失点を喫したが5安打2失点完投[10]、岩手県勢として春夏通じて初の決勝進出を決めた。決勝では、清峰高今村猛との投手戦になるも0対1で敗れ、岩手県勢初の優勝とはならなかった[11]。3年夏は春に続き第91回全国高等学校野球選手権大会に出場[12]。春の選抜決勝で花巻東と戦った清峰高校は、長崎大会準々決勝で大瀬良大地を擁する長崎日大高に敗れていたが、夏の大会1回戦では清峰を破った長崎日大と当たり、3本塁打を打たれながらも8対5で勝利。夏の大会は後述の背中の痛みを隠しながら登板を続けていた。岩手県勢では夏の甲子園41年ぶりのベスト8進出を決めた東北高戦では自己最速となる154km/hを記録(甲子園の電光掲示板には154km/hと表示、千葉ロッテマリーンズスカウトのスピードガンでは155km/hを計時)[13]。準々決勝では今宮健太を擁する明豊高と当たり、4回までパーフェクトと好投を見せ、7対6で勝利するも、腰痛を訴え5回にベンチに退いた[14]。準決勝の中京大学附属中京高等学校戦では背筋痛のため先発せず、4回二死満塁から登板するも打ち込まれ、わずか11球でマウンドを降板、1対11で敗れた[15]。菊池はその後の精密検査で、左の5本目の肋骨が折れていたことが判明した[16]

ドラフト会議前にはメジャーリーグベースボール(MLB)球団からも注目され[16]、元々の志望もありMLB挑戦も考え[17]、国内12球団に加え、MLBの8球団とも面談。中でもテキサス・レンジャーズとの面談では、この年MLBに定着したデレク・ホランドが同席した[18]。全球団との面談終了後に菊池は、「どちらも素晴らしいと思いました。今は決めかねているんで、どちらも行きたいのが正直な気持ちで話を聞く前よりも迷っています」と語ったが[19]、10月25日に「まだまだ自分のレベルでは世界で通用しないと思いました。日本の方全員に認められてから、世界でプレーしたいと思いました」として日本のプロ野球でプレーすることを表明した[20]

2009年10月29日に行われたドラフト会議では、埼玉西武ライオンズ阪神タイガース東京ヤクルトスワローズ東北楽天ゴールデンイーグルス中日ドラゴンズ北海道日本ハムファイターズの6球団による1巡目指名を受け、競合の末に西武が菊池の交渉権を獲得した。菊池は11月21日に契約金1億円+出来高5000万円、年俸1500万円(金額は推定)で仮契約し、背番号は「17」に決まった[21]
西武時代

2010年1月19日に球団から登録名を「雄星」とすることが発表された[22]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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