荻原規子
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荻原 規子
(おぎわら のりこ)
誕生 (1959-04-22)
1959年4月22日(61歳)
東京都渋谷区
職業小説家
国籍 日本
最終学歴早稲田大学教育学部国語国文学科卒業
活動期間1988年 -
ジャンル児童文学
ファンタジー
代表作勾玉三部作
西の善き魔女
主な受賞歴第22回日本児童文学者協会新人賞
第27回赤い鳥文学賞
第41回産経児童出版文化賞
第55回小学館児童出版文化賞
第46回日本児童文学者協会賞
デビュー作『空色勾玉
公式サイト ⇒アンダンテ日記
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荻原 規子(おぎわら のりこ、1959年4月22日 - )は、日本小説家東京都生まれ。目次

1 来歴

2 評価

2.1 勾玉シリーズについて


3 創作・思想

4 作品一覧

4.1 勾玉三部作

4.2 西の善き魔女

4.3 RDG レッドデータガール

4.4 源氏物語 紫の結び

4.5 エチュード春一番

4.6 単発作品

4.7 エッセイほか

4.8 英訳版


5 脚注

6 外部リンク

来歴

東京生まれ。町田ニュータウンで育つ[1]。親からとくに宗教教育を受けることもなく、幼い頃に『古事記』を少年少女文学全集で物語として読み、『ナルニア国物語』などの西洋ファンタジー、ギリシャ神話などを読んでいた[1]

東京都立立川高等学校卒業[2]早稲田大学教育学部国語国文学科卒業[3]。書きたい物語が長すぎて終わらせることができず、自分だけでは書けないと思い、2年の春から早大児童文学研究会(児文研)に参加[4]。児文研の合評会で日本神話を題材に「スサノオ」という作品を発表[4]。児文研のメンバー「Oさん」がごく内輪向けにパロディなど楽しみとして物語を書く姿に影響を受け(荻原は今でいう同人誌作りのような感覚だったと述べている)、Oさんの作品のキャラクターを借りて創作を行い、メンバーの一部で回し読みをしながら創作を行った。人と共有して楽しんで書くこと、遊びを通して創作する力が磨かれ、初めて最後まで『西の善き魔女』という長編作品を書き上げる。3部構成のレポート用紙10冊分の物語で、主人公はOさん(が自分にふった配役)であり、彼女に献呈した。[4]児文研の創作パートで卒業までに3作ほど発表した[4]。『西の善き魔女』を書き上げた時には就職活動の時期であったが、これほど情熱を持てるものはどの業界にもないと感じた。しかしプロの作家になるとは考えておらず、仕事のやりがいより余暇を重視し、地方公務員になる[4]。Oさんが卒業後に読書会を始め、これに福武書店に入社していた元児文研のメンバーの上村令[5]が参加。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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