茨木サニータウン
[Wikipedia|▼Menu]

茨木サニータウン(いばらきサニータウン)とは、大阪府茨木市の山間部を切り開いたニュータウン。住所は大阪府茨木市山手台一丁目?七丁目。
茨木サニータウンの概要

計画人口は1万2千人だったが現在の人口は数千人。阪急バス東海道本線JR京都線茨木駅(いくつかは阪急電鉄茨木市駅)までラッシュ時頻繁に走っている。所要時間は茨木駅から終点・茨木サニータウンバス停まで約30分。

もともとの住所表示(大字)は安威、福井、大門寺など。もともと安威・福井から丹波へ超える山道が走る丘陵地で頂上に国見峠があり中央に長谷とよばれる谷のある地形だったが、関西電力系の土地会社・昭和土地開発によって1970年代前半から整地され、1978年に二丁目?五丁目がまちびらきした。茨木市立山手台小学校、サニー幼稚園、山手台保育園(旧・第二末広保育園)が当初からあり、1983年茨木市立北陵中学校が開校した(「陵」の字がつくのは、建設中に敷地内外で安威古墳群が発掘されたからである)。

一・三・五・六・七丁目が市内でも有数の敷地面積がある戸建住宅、二・四丁目と三丁目の一部は公団住宅、テラスハウス、教職員住宅(2006年現在、四丁目の教職員住宅は廃止され戸建住宅の分譲地となっている)などからなる。ショッピングセンター、銀行郵便局など近隣商業地区があるが、住民が自動車で遠くまで買い物に行くので利用は伸び悩んだこともあった。

またまちびらきの際に第一次ベビーブーム世代が主に入居したため、住民世代が1940年代生まれと1970年代生まれの子供たちに偏り、子供たちが児童の頃に小中学校の学生数がピークを迎え、成人後まちを離れている人が多く、購入した世代も買い物や病院に不安を持つ年代となってきたため、家を手放し都心回帰する人も多い。典型的なニュータウン高齢化・人口減少が起こっている。

なお、茨木サニータウンの北側から西側全体に、取り囲むように「国際文化公園都市(彩都)」の東地区が計画されている。七丁目の北側に「東センター」が建設され大阪モノレール彩都線の終点ができる予定であったが、彩都の開発見直しの影響を受けて、モノレール延伸は断念された。

主な出来事

2022年(令和4年)10月1日 - サニータウン唯一のスーパーマーケットが突然閉店。買い物難民が発生するとともに、スーパーマーケットの電子マネーの払い戻しが事実上不可能になった[1][2]

交通

JR京都線茨木駅より阪急バス

87系統 茨木サニータウン行き

団地入口、茨木山手台七丁目(87のみ)、緑地公園前、幼稚園前、保育園前、茨木サニータウン停留所


77系統 阪急茨木市駅・桑原橋経由茨木山手台七丁目行き

桑原橋、桑原、茨木山手台二丁目(77のみ)停留所


阪急京都線茨木市駅より

87系統 JR茨木駅経由茨木サニータウン行き(阪急茨木市駅発着便)


77系統 桑原橋経由茨木山手台七丁目行き

脚注[脚注の使い方]^ “スーパーが予告なく閉店、独自の電子マネー戻らず…客は憤慨「まるで詐欺だ」”. 読売新聞 (2022年11月12日). 2023年6月6日閲覧。
^ “私の電子マネー戻ってくる? 発行元スーパー、突然閉店”. 日本経済新聞 (2022年12月19日). 2023年6月6日閲覧。

関連項目

都市

ベッドタウン


記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:6783 Bytes
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef