花祭_(霜月神楽)
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小林の「ちゃつの舞」古戸の「三つ舞(やち)」古戸の「榊鬼」

花祭(はなまつり)は、愛知県北設楽郡等に伝承される霜月神楽の総称である。重要無形民俗文化財(北設楽郡のみ)。700年以上にわたって継承されている神事芸能で[1]、清めと湯立てのほか、少年の舞、青年の舞、巨大な鬼面を付けた鬼の舞、等が夜通し行われる。
概要

伊勢流神楽(湯立神楽)の流れを汲むとされるが、仏教修験道修正会浄土思想に由来するとも考えられ詳細は不明である。「花祭」の呼称も灌仏会とは無関係で、浄土への転生願望から生まれたものとされるが詳細は不明である。地元の人々は「花祭」を単に「花(はな)」と呼ぶ[2]。明治以降、神仏分離に伴い、仏教色が排除された集落もある。中設楽、河内、間黒、坂宇場地区である。神道形式の「花祭」を「神道花」(しんとうばな)。従来通りの形式ものを「仏花」(ぶつばな)と呼び現在に至る[3]。「てーほへてほへ」の掛け声、「寒い、煙い、眠い」と呼ばれるのが特徴である。

花祭の花とは、かつては穀物の花ともされたが、近年の研究によれば新しい生命を象徴するものであるとされる[4]
霜月神楽とは

霜月神楽は、よく五穀豊穣、村の安泰を祈る祭であると言われるが神招き-神懸かり-神わざ-神返しという古い神祭の基本にのっとって行われている。祭は穢れ衰えた魂にかわって、新しい強力な魂を呼び込む鎮魂(タマシヅメ)の祭である[5]
旧暦の11月は神や自然が衰弱する時期であり、魂振の儀式などを行って魂の再生・更新を行って新年に備えるために神楽が行われた。その際に熊野の再生儀式であった湯の清まりと忌籠の呪法が取り入れられてそれが湯立として残ったとされている。
花祭の次第

祭りの次第は地区によって異なり、祭場の決定はさまざまで、民家を交代で選定するもの、同一の家に定めてあるもの、神社を充てるものもある。近年では公民館や神社での開催が増えている。花祭の行われる場所は「花宿」と呼ばれ、祭の期間中神々が降臨すると考えられている。「花宿」は神聖な場所とされ結界として、また神々の依り代として様々な切り紙「草」が飾られる。花祭に与る者は一般に「舞子」と呼ばれるが、「宮人(みょうど)」と称する、一種祭祀団の形式を多分に有し、禰宜にあたる花太夫(はなだゆう)が統率する。かつて「花祭」は男の祭りで女性は禁忌され見ているだけであったが、近年は少子化・過疎化のあおりを受け女性も参加している。
花祭の流れ

花祭は約10日間にわたり、初めは準備で、当日はまず神下しの式が行なわれ、ついで舞踊、最後に神上げで終る。舞踊は少青年の与るものと、神々の出現を意味する、すなわち神に扮装するものとがあり、後者は仮面を付ける。最初に楽器その他の祭具を祝福する舞があり、ついで各種の舞があるが、曲目は楽(太鼓)の舞、笛の舞、撥の舞からはじまり、地固め、市の舞、花の舞、三ツ舞、四ツ舞、湯囃しの舞などであり、地固めの舞以下すべては少青年の与るものであり、執物によって1つの舞がさらに2、3の舞に分かれ、だいたいにおいて年齢によって定められる。神の出現を意味するものは「山見」、「榊」と称する2つの鬼が中心であり、べつに「お判」と称する眷属が多く出る。ほかに巫女、翁、禰宜などもあり、舞踊の曲目はだいたい15、6種で、前夜から翌朝まで祭場の中央に大釜を焚き、その周囲で休みなく続けられる。少青年の舞はいずれも花模様のある上衣に、同じ模様のたっつけをつけ、鬼は槌または鉞を持ち、その仮面は天地1尺以上、1尺5、6寸にも及ぶ巨大なものである。それらが焚火を囲み、笛、太鼓による囃子に判れて乱舞するさまは真に壮観であり、それに見物の男女が入り乱れ熱狂して冬の夜を明かすという。
花祭の実態

昭和56年当時の北設楽花祭保存会長・原田嘉美は、こう述べている「舞ってみなけりゃ 花祭(はな)の良さはわかんね、気分が大事だもんな。昔っからそうだっつ。」。現地の花祭愛好者は祭の学術的な解釈や仕来たりなどを気にせず、単純に踊るのが楽しいからやっているだけだと言うのである。村の祭り好きの人たちに自然と伝わる所作、口伝が伝統であり最も重要なこととも述べている。十数時間、踊り続けることで陶酔感を得られることが、この祭が伝承されてきた鍵である。そして、学究肌の人に花祭を体系的な知識で探求してもらい、発展伝承の手助けをしてもらいたいとも述べている。[6]
舞の種類
楽の舞

市の舞(青年1名)

地固めの舞(13?18歳、3?4名)

花の舞(
稚児舞、6?12歳、3?4名)

やまみの舞(鬼面)

三ツ舞(13?18歳、3名)

さかきの舞(鬼面)

ひのねぎ・みこの舞(男面・女面)

おきなの舞(老人面)

四ツ舞(20?26歳、4名)

湯ばやしの舞(17?18歳、4名)

朝おにの舞(鬼面)

獅子舞

その他、鈴の舞、笛の舞い、しきさんば、みかぐら、順の舞、舞上げ、舞おろし、二挺鉾、の内の幾つかを行う地区がある。
花祭り日程

開催日は開始日基準、24時間を越える場合のみ翌日表記

地区名開催日開始時刻終了時刻
豊根村
三沢(山内)
11月第2土曜17:009:00
坂宇場11月第4土曜18:007:00
下黒川1月2日17:0015:00
上黒川1月3日17:0012:00
間黒1月4日17:004:00
設楽町(旧・津具村)
下津具1月2日17:0015:00
東栄町
東栄フェスティバル11月3日17:0021:00
御園11月第2土曜17:0012:00
小林11月第2土曜7:0022:00
東薗目11月第3日曜9:0023:00
11月22日14:00翌日18:00
足込11月第4土曜18:0014:00
河内11月第4土曜18:008:00
中設楽12月第1土曜13:00翌日18:00
中在家12月第2日曜8:0022:00
古戸1月2日17:00翌日18:00
下粟代1月第2土曜14:00翌日14:30
布川3月第1土曜18:008:00
豊橋市
西幸町1月4日17:0012:00
東久留米市
東京花祭り12月第2土曜12:0019:00

脚注[脚注の使い方]^花祭とは?奥三河の花祭
^ 東栄の花祭り 切り草3ページ
^ 奥三河の花祭り11ページ
^研究プロジェクト「危機の共同体ー東シナ海周辺の女神信仰と女性の祭祀活動」2000年度活動報告 - 慶応義塾大学文学部
^ 隠れ里の祭り
^ 花祭語彙集 序文

参考文献

花祭(上下2刊、早川孝太郎(1889?1956)、岡書院、1930年)(←著作権の保護期間は終了)

花祭(上下2刊、早川孝太郎、国書刊行会、
ISBN 9784336015426)(←上記の再刊)
花祭研究のバイブルとも言える名著、しばしば再刊され、以降の著書の参考とされる

花祭(早川孝太郎、岩崎書店、1958年)(上記の抜粋版)

花祭(早川孝太郎、岩崎美術社、民俗民芸双書、ISBN 9784753400027)(上記の再刊)

花祭(早川孝太郎、講談社、講談社学術文庫、ISBN 9784062919449)(上記の最新の再刊)


花祭りのむら(須藤功、福音館書店、ISBN 9784834017038

奥三河の花祭り(中村茂子、岩田書院、ISBN 9784872943023

奥三河・花祭と神楽(鈴木道子、東京書籍、ISBN 9784487746408

花祭(芳賀日出男、国書刊行会、1977年)

花祭・奥三河の芸能と風土(竹内敏信、誠文堂新光社、ISBN 4416883161

日本の祭り撮影ガイド(萩原秀三郎、朝日ソノラマ、1976年)P60?61、128?129、132?133

写して絵になる 祭の撮影フルコース(八木原茂樹、日本カメラ社、ISBN 4817910089)P28?29

精選 日本民俗辞典(吉川弘文館、ISBN 4642014322)P438?439

民俗学辞典(柳田國男、東京堂出版、1951?69年)P479

日本民俗事典(大塚民俗学会、弘文堂、1972?80年)P579

日本民俗大辞典(全2巻、吉川弘文館、ISBN 4642013334、他)下P383?384

東栄の花祭り 切り草 (山本宏務 東栄町花祭保存会 平成13年11月)

隠れ里の祭り (山崎一司 富山村教育委員会 昭和62年11月)

花祭語彙集  (北設楽花祭保存会 昭和56年3月)

東栄町の年中行事と風習 (東栄町文化財審議会 平成元年3月)

類似の祭礼

類似の祭りは豊根村(旧・富山村)、浜松市北部山間部(浜名区天竜区)や飯田市下伊那郡等にもある。1956年から豊橋市豊橋花祭り(豊根村からの移住者による)、1993年からは東久留米市でも東京花祭り(東栄町から指導者を招聘)が行われるようになった。

※:重要無形民俗文化財

遠江のひよんどりとおくない

寺野のひよんどり(浜松市浜名区


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