自己免疫疾患(じこめんえきしっかん、英: Autoimmune disease)とは、異物を認識し排除するための役割を持つ免疫系が、自分自身の正常な細胞や組織に対してまで過剰に反応し攻撃を加えてしまうことで症状を起こす、免疫寛容の破綻による疾患の総称。
自己免疫疾患は、全身にわたり影響が及ぶ全身性自己免疫疾患と、特定の臓器だけが影響を受ける臓器特異的疾患の2種類に分けることができる。関節リウマチや全身性エリテマトーデス(SLE)に代表される膠原病は、全身性自己免疫疾患である。 20世紀初めには、ドイツのパウル・エールリヒにより提唱された、免疫系は自分自身を攻撃しないとする「自己中毒忌避説(Horror autotoxicus)」を代表とする考え方が主流であった。しかし、その後の研究により自分の体の構成成分を抗原とする自己抗体が発見されるにつれ、自己免疫疾患の存在が明らかになっていった。 炎症性腸疾患を除き、多くの自己免疫疾患は女性に多い(炎症性腸疾患については男女差はほとんどない)。理由は明らかになっていないが、ホルモンが関与しているという説がある。また、マイクロキメリズムと呼ばれる「妊娠中に胎児と母体との間に胎盤を通して起こる微量の細胞のやり取り」があり、出産後(誕生後)、数十年を経過しても他者由来の細胞が存在していることが明らかになっている。「自己免疫疾患」と呼ばれている疾患の中にはマイクロキメリズムにより他者由来の細胞の影響で発生しているものも存在するとの研究結果がある[1]。ブタの脳のエアロゾルを粘膜から吸収してしまい、自己免疫疾患を発症した例も存在する (en:Progressive inflammatory neuropathy
歴史と原因
オーストラリアのクイーンズランド大学医学部のマイケル・P・ペンダー(Michael P. Pender)によって2003年[3]・2011年[4]・2012年[5]、9割以上の人間が感染しているヘルペスウイルスの一種、エプスタイン・バール・ウイルス(EBウイルス)による自己免疫疾患発症のメカニズム仮説が提示された。この仮説は「ペンダーの仮説(Pender's hypothesis)」と呼ばれており、様々な自己免疫疾患とEBウイルスとの関わりが指摘されていることから、多発性硬化症、関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、シェーグレン症候群、全身性強皮症、皮膚筋炎、原発性胆汁性肝硬変、原発性硬化性胆管炎、潰瘍性大腸炎、クローン病、乾癬、尋常性白斑、水疱性類天疱瘡、円形脱毛症、突発性拡張型心筋症、1型糖尿病、バセドウ病、橋本病、重症筋無力症、IgA腎症、膜性腎症、悪性貧血、といった自己免疫疾患の発症に、どのように細胞傷害性T細胞の機能不全・ビタミンDの欠乏・EBウイルスがどのように関わってくるかを考察したものである。このペンダーの仮説は、遺伝等の原因によってEBウイルスに対するCD8+T細胞応答に何らかの不全が起き、EBウイルスに感染した自己反応性の記憶B細胞が抗原提示細胞として働き、通常は禁止された自己抗原のT細胞認識が可能となり、自己免疫応答が生ずるというものである。
特に、EBウイルスの潜伏感染遺伝子抗原のEBNA1(Epstein-Barr virus-encoded nuclear antigen 1)と全身性エリテマトーデスの自己抗原とされているSmとの分子相同性(molecular mimicry)も明らかになっており、EBNA1に対して作られた抗体が自己抗原のSmに交叉反応(クロスリアクション)し、全身性エリテマトーデスの自己抗体の抗Sm抗体となっていることも示唆されている[6][7][8]。
最近では、大阪大学微生物病研究所/免疫学フロンティア研究センターの研究グループは2015年、全身性エリテマトーデスや多発性硬化症といった自己免疫疾患との関わりが知られているEBウイルスによる自己免疫疾患発症のメカニズムを分子生物学的に示した[9][10][11]。
通常、胚中心B細胞(成熟段階にあるB細胞)の表面に、排除する抗原に合わないB細胞受容体や、自分の抗原に反応するB細胞受容体があれば、そのB細胞はアポトーシスにより排除される。しかし、その胚中心B細胞がEBウイルスに感染すると、EBウイルスの潜伏感染V型遺伝子のLMP2AがB細胞受容体シグナルを模倣し、さらに形質細胞(抗体産生細胞)への分化を促進する因子(Zbtb20)が出現して、本来はアポトーシスにより排除されるべき自己反応性B細胞が生き残り(B細胞選択異常)、自己反応性受容体などの抗体を出し続ける形質細胞になる結果、自己免疫疾患が発症するということである。
また同様に、鳥取大学医学部医学科分子病理学分野の研究グループは2017年、EBウイルスに感染したB細胞から自己免疫性甲状腺機能亢進症であるバセドウ病の自己抗体である抗甲状腺刺激ホルモンレセプター抗体(TRAb)が産生されることを分子生物学的に示した[12]。
EBウイルスに感染したB細胞は自己反応性か否かによらず、EBウイルスの潜伏感染V型遺伝子のLMP1によるT細胞非依存性のCD40共刺激シグナルの模倣によるNF-κBの活性化で、活性化誘導シチジンデアミナーゼ(AID)の発現が促進されT細胞非依存性にクラススイッチが可能となり、多クローン性にあらゆるアイソタイプの抗体の産生をし得る。EBウイルスに感染したB細胞が自己反応性の抗体の可変部を持っていた時、自己抗体を産生し得るということである。特に、バセドウ病を引き起こすのはIgG1のアイソタイプを持ったTRAbであり、そのためにはTRAb陽性B細胞で免疫グロブリン(抗体)のクラススイッチ遺伝子再編成を引き起こす活性化誘導シチジンデアミナーゼ(AID)の発現が必須となるが、EBウイルスの潜伏感染V型遺伝子のLMP1はT細胞非依存性にCD40のシグナルを模倣しNF-κBを活性化させることができ、NF-κBはAID遺伝子(AICDA)の転写を促進するので、バセドウ病を引き起こすIgG1のアイソタイプを持ったTRAbの産生が可能になるということである。 罹患臓器疾患標的臓器・組織自己抗体備考
一覧
臓器特異性自己免疫疾患
神経・筋ギラン・バレー症候群ガングリオシド抗ガングリオシド抗体カンピロバクターなど細菌やウイルスの先行感染が関与
重症筋無力症アセチルコリンレセプター抗アセチルコリンレセプター抗体
視神経脊髄炎髄鞘抗アクアポリン4抗体
消化器慢性胃炎
慢性萎縮性胃炎胃壁細胞抗壁細胞抗体巨赤芽球性貧血に合併
自己免疫性肝炎肝実質細胞抗核抗体
抗平滑筋抗体
抗肝腎ミクロソーム
原発性胆汁性胆管炎肝小葉間胆管抗ミトコンドリア抗体
潰瘍性大腸炎大腸p-ANCA(抗HMG1/HMG2抗体)
リンパ球親和性抗体など炎症性腸疾患
クローン病食道?大腸
胆管原発性胆汁性胆管炎 IgG4関連疾患
膵実質自己免疫性膵炎
循環器高安動脈炎大動脈抗大動脈抗体
肺グッドパスチャー症候群肺胞・腎抗基底膜抗体急速進行性糸球体腎炎を合併
腎臓急速進行性糸球体腎炎腎糸球体抗基底膜抗体
抗MPO-ANCA抗体
抗DNA抗体
抗P-ANCA抗体 等
血液巨赤芽球性貧血赤芽球系抗内因子抗体慢性萎縮性胃炎を合併
自己免疫性溶血性貧血赤血球抗赤血球抗体
自己免疫性好中球減少症好中球抗好中球抗体
特発性血小板減少性紫斑病血小板抗血小板抗体
内分泌・代謝バセドウ病甲状腺刺激ホルモンレセプター抗甲状腺刺激ホルモンレセプター抗体
橋本病甲状腺ミクロソーム
サイログロブリン抗甲状腺ミクロソーム抗体
抗サイログロブリン抗体
原発性甲状腺機能低下症甲状腺抗ペルオキシダーゼ抗体
抗甲状腺刺激抗体 等
特発性アジソン病副腎抗副腎抗体
1型糖尿病ランゲルハンス島抗ランゲルハンス島抗体
皮膚慢性円板状エリテマトーデス 抗核抗体播種型で高い力価
限局性強皮症抗1本鎖DNA抗体斑状強皮症で高い力価
天疱瘡表皮IgG抗表皮細胞抗体
膿疱性乾癬TNF-α抗体
尋常性乾癬表皮TNF-α抗体
類天疱瘡表皮基底膜IgG抗表皮基底膜部抗体
妊娠性疱疹
疾患標的臓器・組織自己抗体備考
関節リウマチ関節滑膜リウマトイド因子
抗CCP抗体
全身性エリテマトーデス多臓器抗二本鎖DNA抗体
抗核抗体 等
抗リン脂質抗体症候群動脈・静脈・子宮 等抗リン脂質抗体
多発性筋炎
皮膚筋炎皮膚・筋・肺 等抗アミノアシルtRNA合成酵素(ARS)抗体
抗Jo-1抗体
抗Mi-2抗体
抗155/140抗体
抗CADM-140抗体
強皮症皮膚・肺・腎臓 等抗トポイソメラーゼI抗体
抗RNAポリメラーゼIII抗体
抗セントロメア抗体 等
シェーグレン症候群涙腺・唾液腺・多臓器抗Ro/SS-A抗体 等
IgG4関連疾患多臓器
血管炎症候群血管抗好中球細胞質抗体(ANCA関連血管炎)一部公費対象
混合性結合組織病多臓器抗U1-RNP抗体
(注)桃色の欄は厚生労働省特定疾患研究対象疾患、いわゆる難病であり公費負担の対象となる。