膳所駅
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この項目では、JR西日本東海道本線(琵琶湖線)の膳所駅について説明しています。京阪石山坂本線の膳所駅については「京阪膳所駅」をご覧ください。

膳所駅*
北口(2022年12月)
ぜぜ
Zeze

◄JR-A27 石山 (2.8 km) (1.7 km) 大津 JR-A29►
上は京阪膳所駅
所在地滋賀県大津市馬場二丁目11-8.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯34度59分57.91秒 東経135度52分51.75秒 / 北緯34.9994194度 東経135.8810417度 / 34.9994194; 135.8810417座標: 北緯34度59分57.91秒 東経135度52分51.75秒 / 北緯34.9994194度 東経135.8810417度 / 34.9994194; 135.8810417
駅番号JR-A28
所属事業者西日本旅客鉄道(JR西日本)
日本貨物鉄道(JR貨物)**
所属路線 東海道本線琵琶湖線
キロ程501.9 km(東京起点)
米原から56.0 km
電報略号セセ
駅構造地上駅
ホーム2面4線[1]
乗車人員
-統計年度-12,915人/日(降車客含まず)
-2019年-
開業年月日1880年明治13年)7月15日
乗換京阪膳所駅京阪石山坂本線
備考業務委託駅
みどりの券売機プラス設置駅
* 改称経歴
- 1913年 馬場駅→大津駅
- 1921年 大津駅→馬場駅
- 1934年 馬場駅→膳所駅
** この他江若鉄道線(1965年まで)
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膳所駅
ぜぜ
Zeze

大谷 (3.1 km) (4.5 km) 浜大津
所属事業者日本国有鉄道
所属路線東海道本線(旧線・貨物支線
廃止年月日1969年(昭和44年)11月1日*
備考*大谷方は鉄道省時代の1921年(大正10年)8月1日に廃止
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全景(2017年10月)
画像の手前を横切るのは膳所駅前歩道橋、奥に駅舎が写っている南口(2019年9月)

膳所駅(ぜぜえき)は、滋賀県大津市馬場二丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)・日本貨物鉄道(JR貨物)東海道本線である。駅番号はJR-A28。「琵琶湖線」の愛称区間に含まれている。
歴史

1880年(明治13年)に京都駅 - 大津駅(後の浜大津駅)間全通とともに馬場駅(ばばえき)として開業した。滋賀県内では最古の駅である。全国で19番目に開業した。

京都駅 - 馬場駅間は両側とも25‰の急勾配が連続する区間であり、補助機関車解結のため付近に大津機関区を設置。東海道線全通時に急行列車が運転された際には牽引定数の関係上、馬場で食堂車を切り離す作業も行われていた。

また、駅開業時は琵琶湖東岸で東海道線がつながっておらず、大津と長浜の間は琵琶湖の海上交通(太湖汽船)に依っていた。京都方面からの列車は、当駅でスイッチバックをし、大津駅(現在の浜大津駅付近)へと下っていった。馬場駅は日本最古のスイッチバック駅であり、当初は逢坂山の勾配を克服するためのものであったが、琵琶湖東岸の線路がつながった結果、大津市街を避けて建設されたことになり単純折り返し型であると見なされそう呼ばれることは少なく、日本最古のスイッチバック駅は松井田駅であるとされることが多い。この馬場駅 - 大津駅の区間は、1889年(明治22年)東海道線全通後は本線の貨物支線(後に大津線と命名)として残され、1913年京阪石山坂本線の前身となる大津電車軌道が開業した際に旅客営業をやめ、再び無名の貨物支線となった。

線路は京阪石山坂本線と共用しており、駅の下り方北側で現在の京阪石山坂本線に線路が繋がっていた。ただし、大津電気軌道と国鉄で軌間が異なるため三線軌条(湖側が三線、山側は通常の標準軌)となっていた。この連絡線を使用し、近江今津からの江若鉄道も乗り入れ、旅客営業していた(江若鉄道末期で2本/日)。そのため、江若鉄道車両が発着する小ホームもあったが、現存しない。浜大津への貨物支線は1969年(昭和44年)に廃止された。京阪膳所駅の西側に当時の線路跡である坂が残っており、当時をしのばせている[2]

逢坂山トンネル越えの急勾配は線路変更後も輸送上のネックとなり、貨物列車には梅小路(京都駅西側)より、膳所駅まで補助機関車が付き運転されていた。さらに太平洋戦争中には、輸送力アップのため、京都 - 当駅間の上り線のみを2線とする、3線化工事も行われている。1970年(昭和45年)には草津駅 - 京都駅間の複々線化工事が完成し、その際ホームを1面増設している。

1930年代に名古屋急行電鉄が計画された際、当駅付近に馬場駅が設置されることになっていた。
年表

1880年明治13年)7月15日:官設鉄道の大津(初代、後の浜大津駅)- 当駅 - 大谷間延伸時に馬場駅(初代)として開業。旅客・貨物の取り扱いを開始。

1889年(明治22年)7月1日関ケ原 - 当駅間が開業し、新橋 - 神戸間が全通。大津 - 当駅間の旧線が旅客営業を廃止し、貨物支線となる。

1895年(明治28年)4月1日:線路名称制定。東海道線(1909年より東海道本線)の所属となる。

1898年(明治31年)8月1日:当駅 - 大津間の旅客営業再開。

1909年(明治42年)10月12日:線路名称改定。当駅を含む新橋 - 神戸間が東海道本線、当駅 - 大津間が大津線となる。

1913年大正2年)

6月1日:大津駅(2代目)に改称。同時に大津駅(初代)は浜大津駅に改称されている。

3月1日:大津線の旅客営業が廃止され東海道本線に編入、貨物支線となる。


1921年(大正10年)8月1日:鉄道省東海道本線・奈良線ルート変更により次のように変更[3]

東海道本線当駅 - 稲荷間廃止。

大津駅(2代目)を馬場駅(2代目)に改称。旅客営業を廃止し貨物に限り取り扱う。

馬場 - 京都間の新線上に大津駅(3代目、現駅)を開業。旅客・手荷物・小荷物に限り取り扱う。


1934年昭和9年)9月15日:前年4月に膳所町が大津市と合併。合併条件に従い、旧膳所地区ではないが、膳所の地名を残すために膳所駅に改称[4]。旅客営業再開。

1947年(昭和22年)1月25日:当駅 - 浜大津間の貨物支線の設備を共用する形で、江若鉄道が当駅に乗り入れ開始。

1965年(昭和40年)7月10日:江若鉄道の乗り入れ廃止。

1968年(昭和43年)6月27日:同駅構内にて貨物列車同士の衝突事故が発生する。

1969年(昭和44年)11月1日:当駅- 浜大津間の貨物支線廃止。

1970年(昭和45年)3月9日草津駅 - 京都駅間の複々線化完成に伴い、ホームを増設し、1面2線を2面4線に拡張。

1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道(JR西日本)・日本貨物鉄道(JR貨物)の駅となる。

1988年(昭和63年)3月13日:路線愛称の制定により、「琵琶湖線」の愛称を使用開始。


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