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膜電位(まくでんい、英: membrane potential)は細胞の内外に存在する電位の差のこと。すべての細胞は細胞膜をはさんで細胞の中と外とでイオンの組成が異なっており、この電荷を持つイオンの分布の差が、電位の差をもたらす。通常、細胞内は細胞外に対して負(陰性)の電位にある。
神経細胞や筋細胞は、膜電位を素早く、動的に変化させる事により、生体の活動に大きく貢献している。そのため、膜電位とはこれらの細胞に特有の現象であるかのように誤解される事も多い。しかし現実には、全ての細胞において膜内外のイオン組成は異なっており、膜電位は存在する。たとえばゾウリムシの繊毛の打つ方向の制御は膜電位の変化によって制御されている。また植物細胞において有名な例としては、オジギソウの小葉が触れる事により閉じるのも、オジギソウの細胞の膜電位の変化によるものである事が知られている。このように、膜電位(とその変化)は、単細胞生物や植物細胞にさえ存在する、生物共通の基本原理である。 全ての細胞は、細胞膜によって外界と内部を隔てている。このことは細胞が内部に必要なモノを溜め込むことと、不要なモノを積極的に排除することを可能にしている。必要なモノとしては細胞小器官や種々のタンパク質など、また不要なモノとしては老廃物や毒素などが一番に考えられるが、それ以外にも、細胞は特定のイオンを選択的に取り込み、また別のイオンを選択的に排出することによって、内外のイオンのバランスに差を作っている。最も原始的な生物と考えられているシアノバクテリアにさえ膜電位とそれを利用したイオンチャネルの存在が知られており、このことは生物の誕生と共に膜電位が形成されたことを示唆している。 内外に濃度差を作られたイオンは電荷を持っているので、内外のイオンバランスの差は、内外の電気的ポテンシャルの差をもたらす。つまり、イオンの分布差そのものが、細胞内外に電位の差をもたらすということである。この、イオン分布の差による細胞内外の電位差を、膜電位と呼ぶのである。 仮に膜外に1価の陽イオンが100個あり、膜内に1価の陽イオンが40個あるという状況を想定する。この場合、膜外は膜内に対して、イオン60個分のプラスの電位差を持っているといえる(逆に、膜内は膜外に比べ、イオン60個分マイナスの電位差があるといえる)。このように、膜電位とは膜内外の陰陽両イオンの電荷の総和で決定される。現実には膜内外に存在するイオンは一種類ではなく、またイオン種によって価数も違うため、計算は容易ではない。また、電荷バランスが崩れた領域は、膜の近傍の2?3nm(デバイ長)のところのみである。したがって、大部分の電荷は膜表面付近に集中する。電位差の計算については、後に詳述する。 膜電位が必要な理由の1つとして、細胞内外に大きな電位の差を作っておいた場合に、その電位の差を利用した非常に早い情報伝達が可能になるという利点がある。これはイオンによる電位差とその開放によるエネルギーという概念を、ダムによる水位の差とその開放によるエネルギーによっての水力発電と置き換えて考えるとわかりやすいだろう。つまり、電位差(水位差)を一気にイオンチャネル(水門)を開くことによって力を解き放つと、大きく、かつすばやい駆動力を生み出すことが可能になるのである。 細胞膜の重要な性質の1つとして、細胞膜を構成する脂質二重層の内部は疎水性であるということがあげられる。このため、イオンは細胞膜を介して自由に行き来することができない。そのため、一旦生じたイオン組成の差は、そのまま細胞膜内外の電荷の差の原因となる。つまり、膜電位が生じるためにはそもそも細胞内外のイオン分布に差が生じる必要がある。以下、イオン分布の差を引き起こす要素について詳述する。 イオン分布の差を生じさせる第一の要素として、イオンポンプ イオンポンプの輸送速度はそれほど速くなく、1分子のポンプ1秒あたりせいぜい数百のイオンを輸送できるにとどまるが、ATPのエネルギーがある限り常に動き続ける。実際には生きた細胞内でATPが枯渇する事は考えられないため、結果的にイオン分布変化への貢献度はそれなりに大きくなる。 膜電位に関わるイオンポンプとして、もっとも有名かつ研究がなされたものとして、Na+/K+-ATPアーゼ(ナトリウム-カリウムポンプ、ナトリウムポンプとも)が挙げられる。これはATPの加水分解によるエネルギーを利用して3個のナトリウムイオン(Na+)を細胞外に汲み出すと共に、2個のカリウムイオン(K+)を細胞内に汲み込むタンパクである。このタンパクが働いているおかげで、細胞内はナトリウムイオンが少なく、カリウムイオンが多いという条件を維持できるのである。そのほかにもカルシウムイオン(Ca2+)や水素イオン(H+)を輸送するポンプなども存在し、成分としては小さいものの、膜電位に貢献している。 次に、イオンポンプなどの活動により一旦イオン分布の差が生まれると、今度はその濃度差を利用した受動輸送が可能になる。この受動輸送は、イオンチャネルと呼ばれるタンパク質によってなされる。イオンチャネルは、イオンポンプ等によって濃度差が作られたイオンを、イオン濃度の高いほうから低いほうへ拡散させる、イオンの通り道である。よって、方向に選択性はなく、膜電位がない場合は常にイオンの濃度勾配に従った輸送である。ただし、イオン濃度の低い方から高い方への移動が全くないわけではないことに注意すべきである。イオンがチャネルを通過するかどうかはそのイオンがブラウン運動によってチャネル分子に衝突するかどうかに依存しており、イオン濃度の高い側では、イオンのチャネルへの衝突が、低いほうに比べて圧倒的に起きやすいため、全体としては高い方から低い方への流れが生じるわけである。 イオンチャネルの多くは通常不活性型であり、何らかの刺激(膜電位の変化・リガンドの結合・リン酸化・機械刺激など)に応じて開閉する。そのため、定常状態の細胞において、働いているイオンチャネルは少ないと言える。ただし、漏洩チャネルと呼ばれるタイプのイオンチャネルは常に開いており、静止膜電位に貢献する(後述)。 膜内外の電位差そのものも、イオンの移動に影響を及ぼす。たとえば、静止状態の膜電位は細胞内が細胞外に比べて負であることはすでに述べたが、負の細胞内に向けて陽イオンは入りやすく、陰イオンは入りにくい。逆に、正の細胞外に向けて陰イオンは出て行きやすく、陽イオンは出て行きにくい。これは、単純に細胞外の正電荷を持つ環境が、陽イオンを反発させようとするからである。現実に、塩化物イオン(Cl-)の移動は細胞膜を通してかなり自由度が高いため、この膜電位による移動にほとんど依存している。 このように、いくつものタンパクの作用により、イオンは常に、絶えず細胞内外を移動している。イオンの流出入は細胞が生きている限り止まることはないが、電荷の移動はある条件において見かけ上動かなくなる。この条件をもたらす膜電位を静止膜電位(せいしまくでんい、英: Resting Membrane Potential)という。この条件において、細胞は一種の定常状態にあり、見かけ上電荷の移動はなく、膜電位は安定する。ただし、この条件においてもイオンの流出入は続いていることに注目すべきである。つまり、単位時間当たりに流出するイオンの総電荷量と流入するイオン総電荷量が一致しており、かつその状態が長く続くような条件が、静止膜電位である。 神経細胞を例に取れば、一般にナトリウムイオン(Na+)や塩化物イオン(Cl-)は細胞内に少ない。その代わり、カリウムイオン(K+)濃度は高く、また負電荷を持つ有機低分子(アスパラギン酸など)の濃度が高い。これらはチャネル分子の存在による膜の選択的透過性
概要
基本原理
イオンポンプによるイオンの移動イオンポンプの一例、Na+/K+-ATPアーゼ。
イオンチャネルによるイオンの移動イオンチャネルを介したイオンの移動: イオンの膜を横切る移動は通常さえぎられるが、イオンチャネルにぶつかったイオンだけが、方向は非選択的に膜を横切る様子。詳細は「イオンチャネル」を参照
膜電位そのものによるイオンの移動
静止膜電位
静止状態のイオン組成
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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